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神楽はさらに歩いて、こじんまりとした公園のベンチで足を止めた。
ブランコが遠くから、キィ、と鳴るのが聞こえる。
ベンチに腰掛けた神楽はまた俯いて、ただつったっている俺の袖だけまるで離れないように掴んで離さない。
「かぐ……」
「浮気者」
「は?」
怪訝そうな遠慮無しの声が滑り出てしまったがしょうがない。一体コイツは何を言い出すんでさァ。
「さっき、店で」
「ありゃあ店員だろ」
先程の店員の話だと分かる。風かひゅるりと鳴いて、またブランコが鳴った。
「ただの店員に、お前は顔赤らめるアルか」
「そ、れは」
完全に誤解だ。
俺は掴まれた袖を離して神楽の指を絡めた。その手は冷たい。暖めるようにそっと力を込めた。
「誰かさん曰く俺はヘタレらしいんで。っつか浮気何てしねーよバカチャイナ」
あだ名で呼んだのはいつぶりだろう。高校の頃は気恥ずかしくて呼べなかった名前を呼ぶのが普通になったのはいつだったっけ。
「ヘタレのかわ被ったドSアル。嘘つきバカサド」
ぎゅっと手を強く握り返された。堪らなく愛しくて、神楽を引き上げて抱き締める。
「嘘じゃねぇし。あの眼鏡な、」
「うん」
「お前の、…………目の色と一緒だったから」
淡いオレンジの髪が揺れた。
なんだか凄く恥ずかしい。こんな風に抱き締めるのは、恥ずかしくても本音を語るのは、焦りを感じるのは、全部。コイツだけなのに。
伝わらないどころか疑われるし。
言わなくても伝わればいいのに。
「バカ沖田。アホ総悟」
ぎゅむっ、と頬をつねられた。反射的に掴みかえす。
「おふぁえ、わはひひふぇはふぇ」
「わふぁふへぇ」
わかんねぇ、そう言ったつもりだ。
二人は頬から手をどけた。
「お前、私に眼鏡買うヨロシ!」
「…別にいいけど……あのぐるぐる瓶底?」
「違うアル。別の、赤いヤツ…」
かっと神楽の頬が朱に染まる。
「なんで?」
首を傾げると殴られた。
「鈍感!アホ!」
「しっつれいな…」
「…お前の目の色だダロ!」
「あ、成る程」
本当に気づかなかったんだ。これじゃあ鈍感の否定ができない。
「そんくらい買う。一緒に選ぶぞ」
手をとって歩き出そうとするとほどかれた。
「総悟!」
「なに、神楽」
「……何でもないアル!行くか!」
「いや、気になるだろうが」
「何でもないって言ってんダロ!」
また殴りにかかってきた神楽をするりと避けてデコピンを食らわした。
「痛ったい!」
「何回も引っ掛かるわけないだろバーカ!」
「んだと!やんのかコルァ」
「やってやらァ。この酢コンブ娘!」
「悪趣味クソサド!」
言い合うだけ言い合って、でもその頬が弛んでいることに、二人とも気付いていた。
しばらくしてのち、珍しくとったプリクラに、色違いの眼鏡をした二人が二人らしく笑ってるのを発見されてからかわれるのは、また別の話。
ぐるぐる眼鏡と黒蝶
『総悟!』
『なに、神楽』
あのね、
あんまり他の女の子と笑わないで。
なんて。
そんな独占欲丸出しみたいな事言えないから。
言わなくても伝わればいいのにな。
お互いにそう思っていることを知らずに、能天気に今日も思うんだ。
『………何でもないアル!行くか!』
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