ぐるぐる眼鏡と黒蝶

現代パロ















『眼鏡買いに行かないアルか?』



それは、俺がこの世で最も必要とする、少々棘の強い彼女、そう彼女(重要)からの初めてのデートのお誘いだった。
付き合い初めて三ヶ月。
高校卒業から三ヶ月の話である。


***


俺はやや緊張しながら、車のクラクションを鳴らした。

別に初めてのデート…って訳じゃない。ただお互い、大学に馴染むのが忙しくてそういうのが疎かになっていたから。
神楽からのお誘いっていうのも大事なポイントだ。
遊園地や水族館じゃないところが彼女らしいといえば彼女らしいか。


そして高3でとった車の免許を活用して、こうして迎えにきた訳だ。
大きさや色はご想像にお任せする。まあ、オープンカーやキャンプカーではない。


「待たせたアル!うお、ホントに車アルな。なんか凄いネ!」
神楽は未だにぐるぐるビン底眼鏡を外していない。大学は私服なので、眼鏡をとったら色々大変なことになる。可愛すぎて。(決して過大評価ではない)


神楽が後部座席のドアを開けようとしたので声をかけた。
「おい、隣な」
「何でアルか?」
「……そういうルールなんでィ」
助手席にのせるのは神楽が最初って決めてたんだ…と、言わずに伝われば良いのにな。
バタン、と扉が閉まった。




***
「ちょっと!何ヨこの金色の髪の毛!浮気なんて最低アル!」
「…ご、誤解でさ」
「嘘つき!もう私貴方とはやってけないネ。別れましょう………なんて!」
ゲラゲラと笑い合う。たまにはのってみるのも悪くない。
「イアリングでも落としていくかィ?」
そもそも女なんか乗せないけど。神楽が不安ならやったって全く問題ない。



「ご遠慮するアル。それに、…へたれなお前に浮気なんか出来ないネ」
「別にヘタレじゃねぇだろ」
少し不機嫌な口調になってしまったがしょうがない。

「どーだか!」
クスクス笑う神楽を横目で眺める。
畜生、眼鏡かけてたって可愛すぎるんだコノヤロー。

だから、信号が止まった次の瞬間にキスしてしまったのはヘタレらしい俺のご愛嬌。


***

しばらくして、眼鏡店につくと、神楽は悩む事なくさっと同じ瓶底眼鏡を選んでレジへ持っていった。あまりの速さに俺はドアの近くで唖然としていた。レジの店員に何やら話しているらしい神楽は中々戻ってこないので、店内をうろつく事にする。


「いらっしゃいませ。お客様はどんな商品をお探しですか?」
色々な眼鏡を手にとって掛けては戻しを繰り返していると、やや化粧の濃い20歳位の、女性の店員に声をかけられた。
「いや、別に…」
「これなんか、なかなかお似合いですよ」


にっこりと笑う店員は、意外と悪くないセンスの眼鏡を持ち出した。
青のフレームに黒い蝶の模様が小さくシンプルにあしらってある。
「へぇ…」
「彼女さんの瞳の色とお揃いですよ」
「!!」
びっくりして店員を見ると、営業スマイルにやや得意気な表情を浮かべて、俺に眼鏡を握らせた。
「さっきから、眼鏡より彼女さんが気になってらっしゃるようでしたから」



そんなに見てたか?俺。
とたんに顔が熱くなるのが分かった。
「可愛くて素敵な彼女さんですね」
「…可愛くて毎日惚れ直してまさァ」
こうなりゃ開き直ってみることにする。
「美男美女のカップルなんてそんなにいないから貴重ですよ。ずっと立って…言っちゃ失礼ですけど…お年寄りのかたばかりを相手にしていると、少し飽きてしまうんです。まあ、あっさり言ったら目の保養ですね」
そんな本音を漏らした店員は、レジの方をみて微笑んだ。神楽と目が合う。


「大切にしてあげて下さいよ」
「言われなくても。それじゃ、お姉さんのリップサービスに負けたんでコレ、買います。」
「まあ、ありがとうございます。それじゃレジの方に…」
本当に口の上手い店員だ。彼女の瞳の色とお揃いなんて言われて買わない訳がない。
化粧が濃いなんて思って申し訳なかったと思った。







神楽の横のレジに並ぶと鋭く睨まれた。え、何で。

「…度は抜いて下せェ。俺、目は悪くないんで」
「かしこまりました。それでは出来上がり次第お呼びしますので、店内で少々お待ち下さい」
「わかりやしーー、」
「総悟、あっちに行くアル」
最後まで言い切る事が出来ずに、神楽に腕を掴まれてその場を離れた。



***


神楽は顔を伏せたまま言葉を発しない。ただその足だけが感情を爆発させるように大股で店を出る。「あ、おい眼鏡…」
「あんなのは最低でも20〜30分はかかるネ」
低く冷たい声でそう言われれば、とくに反論も出来ずにただついていった。


店を出て、神楽は車も置き去りにずんずんあの場から離れていく。俺はすっかり混乱していた。神楽がこんなに苛ついている原因がさっぱり思い付かないからだ。ゴキ○リでもいたのだろうか。





やがて5分くらいで眼鏡店は他の高いビルに姿を隠した。
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