沖田はぱちっと赤い瞳を開けた。ずきずきと後頭部が痛い。状況が掴めなくて視界をずらす。
そこには見慣れた庭があり、縁取りなんてない広々とした空が広がっている。

「……?」
「あー沖田さん!目が覚めたんですね!?」
反対側から山崎の嬉しそうな声がして、そちらを向くと山崎の後ろにも沢山の隊士達。
「局長!副長!沖田さんが目を覚ましました!」
うおお、と隊士の歓声が部屋を満たした。
「総悟ぉお!無事で良かったぁあ!」
山崎の声を聞き付けた近藤が走ってきた。
日の光に反射された涙と鼻水が反射して輝く。ろうかに撒き散らされたソレをみて、思わず苦笑した。


輝くとか綺麗な表現をしたところで、やっぱり正直汚い。

「近藤さん。とりあえず顔ふいて…」
山崎がティッシュをさっと差し出す。
ちーん、と鼻のかむ音がした。

「俺等が分かるか、総悟」
「何いってんでさァ。俺が近藤さんを忘れるはずがないでしょう」
っていうか何で俺は寝てたんでさァ。そう訪ねると、近藤は驚いたような顔をした。

「覚えてないのか?」
「…変な親父にもらったあめ玉舐めたあとくらいから、記憶が無ェです」

「おいおいそんな明らかに怪しいモン食うなよ。馬鹿だなやっぱ。お前馬鹿だ」
土方が近藤の横に座った。
「あんな犬の餌食うような人には言われたくないセリフですねィ。ショックで記憶が飛びそうだ」
「…本当に記憶飛ばしてた奴が偉そうに。ほっときゃあ良かったこんな奴」
わなわなと拳を震わせた土方は沖田を睨んだあと煙草を取り出した。

「…記憶を飛ばしてたって」

「沖田隊長昨日一日、記憶喪失になってたんですよ」
「マジでか」
そういえば昨日一日の記憶がない。
にわかには信じがたい話だが事実のようだ。
「万事屋に貸しができちまった」
「旦那?」
「ああ。一日で記憶を戻してくれって、頼んだからな。お前相当チャイナ娘に迷惑かけたらしいぞ。なんか礼しとけよ」
思わぬところで神楽の名前がでて、動揺した。


神楽と一日一緒にいたのかと思うと途端に落ち着かなくなる。
何で忘れるんだ俺の阿呆!

「……じゃあ今日は非番にして下せェ土方さん。俺今すぐにお礼がしたい気分でさぁー」
「単に休みたいだけだろお前」
そう解釈してもらって安堵した。「今日はもともと一日安静にさせるつもりだったからいいぞ」
近藤さんがにこにこと笑ってる。ああ、見抜かれた。

何だか恥ずかしくて、逃げるように沖田は屯所を出た。


***

それから一週間。
沖田は未だ神楽に何も言えないでいた。
それどころか姿さえ見れずにいる。


駄菓子屋で珍しく酢コンブを買うと、店の婆さんに「また酢コンブ?好きなんだねぇ」と笑われた。
どうやら沖田は記憶を失った日に、酢コンブを買ったらしかった。しかも大量に。


おいおいなにやったんだお前。
一週間前の自分に訪ねる。たった一日の自分が、これまで出来なかった事をサラリとやってのけていた事に苛立った。


…こちとら心配の一つだって素直に出来ねぇんだぞ畜生!

神楽とあった記憶の最後は神楽が調子を崩していたあの日だった。
『あ、バカサド。そのベンチからのくアル!』
『むかつくアルな相変わらずっ!』
『…わ、私はプリティな女の子ヨ!』
『調子なんか悪くないネ!』


『死ねヨ。バカサド。次は覚えてろヨ』


あれからまだ、たったの一度も。
神楽はいくら待っても公園に顔をださなくなった。



会いたいのは、
苦しいのは、
好きなのも多分こっちだけ。


堪らなく切なくなって、晴れ渡った空に大きく息を吐いた。




毎日公園に顔を出すのが習慣になってしまった沖田は、今日も公園についた。
足が止まった。…神楽が、いる。
神楽はすぐこちらに気付いた。
「よう、サド。気分はどうアルか」
「おかげさまでこの通り。チャイナにゃあ借りができちまったらしい」
久々の会話に気持ちが膨らむのが分かる。
ストンと神楽の隣に腰掛けたのに、何も言われなくて驚いた。今のは以前なら言い争いが始まる間合いだった。
「記憶なくした日の事…その、覚えてないんダロ?」
「ああ、さっぱり」



「……………そっか」
その声色は、いつもの神楽とは全く違って、一歩大人に近い気がした。
一体何やったんでィ俺ァ。
「チャイ、…?」
思いきって尋ねようとしたその時、神楽が立ち上がった。
何かを決意したような青い瞳に心が揺らぐ。
「ほんとは嘘、つき通すつもりだったアル。でも止めネ。女の恋はねちねちしてないものヨ」「は?おいなんの話……」
なんの話でさぁ。と言えなかった。





「約束は果たしたヨ。………総悟。…じゃあなサド!」
口から離れたその感覚。
沖田呼び、神楽の匂い。
あまりにも突然だったのに、思い出したのもあまりに突然だった。普通頭痛とかするもんなんじゃねぇの。

記憶を失っていた時間。
あの時確かに俺は、言ったんだ、好きだって。
神楽も言っていた。俺が好きだと。しかも前から!


走って逃げる神楽を全力で追いかけた。
「待て、チャイナ!……神楽あっ!」
頬を風がきる。体が熱いのは多分、走っているせいじゃない。
空が異様に広く感じた。
「お前……もしかして思い出したアルか!?」
「思い出した!だから、」

名前呼びに怯んだ神楽を後ろから掴まえて抱き締めた。
「逃げんな。やり逃げたァどういう了見でィ」
「だっ、だって」
戸惑う声は震えている。
「多分じゃない。俺ぁアンタが好きだ」
「…嘘ダロ」
「嘘じゃない」
「嘘!」
「じゃねぇって!」
眠った記憶がキスで蘇るなんて俺は白雪姫か何かか。そんなのは御免こうむる。
お姫様は空みたいな青い瞳に太陽みたいなオレンジの髪だって、相場が決まってんでィ。
淡く触れただけのソレで、神楽は真っ赤になった。




沖田は神楽をもう一度強く抱き締めて、耳元に囁いた。一つじゃまとまりきらない気持ちを全部ひっくるめて。




ありがとう。




縁取りされた空





もう、忘れないよ。
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