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自分の腕に包まれた小さな体と温かい体温をとても愛しいと思った。
「神楽…」
さっきの少年が、神楽に触れているのを見て感じたのはどす黒い血の混じったような嫉妬心。
誰の許可を得て触れているんだと思った。俺のものじゃないのに。
俺の前じゃ泣かなかったのに他の奴の前で泣いてる処を見て苦しくなった。
しかも自意識過剰じゃなければ、多分自分のせいで。
「痛いアル。離せヨ」
「……悪ィ」
力を緩めると神楽はすぐに沖田から離れた。
「雨、降ってきたネ。万事屋に帰ろ。お前も」
少し顔を上げて辛そうに微笑むその頬を濡らしているのが涙なのか雨なのか、沖田には分からなかった。
***
今日一日は多分、銀時も新八も病院から出られないだろう。思いっきり殴ってしまったから。
右手でゆっくりと万事屋の扉を開ける。中はやはり誰もいなかった。
「入れヨ。タオルくらい自分でとるヨロシ」
「へい」
そして互いにタオルで体を拭いた。居間で待っててもらい、パジャマに着替える。
沖田の服はどうしよう?新八のじゃ小さいし銀八のじゃ大きい。
最終的には銀八のパジャマを貸そうと服を掴んだ、と同時部屋にチャイムが鳴り響いた。
「はいはいヨ…」
「俺が出まさァ。…神楽、寝間着だし」
チラッとこちらを見てから目の前を通る沖田の耳が少し赤い。
つられたようにこっちも赤くなってしまった。
お、女の子扱いかコノヤロー。
「真選組、ってとこから」
「え、」
「着替えだそうでさァ」
ナイスタイミング!助かった。きっと土方か山崎の考慮だろう。
「じゃーさっさと着替えろヨ。」
「へい。…あ、神楽」
「何アルか?」
沖田はさっき買った駄菓子屋の袋を差し出した。
「これでも食ってて下せェ」
「キャッホー!!久々の菓子アルゥ!……あ」
渡されたお菓子に思わず両手を上げて喜んでしまった。
せっかく素っ気なくしていたのに台無しだ。
恥ずかしくて俯くと頭をくしゃっと撫でられた。
「食い意地はってんですねィ」
「なっ」
「着替えてきやす」
がらがら、と扉の閉まる音。神楽は数秒そこに立って呆然としていた。
さっきの、食い意地はってんですねィと言った沖田の笑顔が、記憶喪失になるまえのサドっぽい笑い方に似ていたから。
きっと酢コンブの箱みたいに赤くなっているだろう頬を、紛らわすように手のひらでゴシゴシと擦って、神楽はリビングへと向かった。
***
沖田は扉を閉めてずるずるとしゃがみこんだ。
その頬は淡く赤い。
神楽の笑顔ははまさしく花が咲いたような強く明るいものだった。
心臓が早鐘のように鳴り響いている。
それを誤魔化すように、掴んでいた寝間着で顔をゴシゴシと擦った。
自分が記憶を失って、大切な何かが、大切な何かだけがすっぽりと抜け落ちている。
それを怖いとも不安だとも思わないのは、彼女と名乗った神楽のおかげだった。
思い出したい。
より一層そう思う。
もどかしい気持ちを押さえながらリビングへ向かう。
そして沖田は驚きに目を見開いた。
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