縁取りされた空1

「き、記憶喪失ぅうう!?」

普段は静かなはずの病室に、地響きが鳴りそうなほどの大音量が響き渡った。
おもに3つ。


「うるせーよ万事屋。見りゃわかるだろうが」
病院の突き当たりの一室、そのまた一番端の席で、土方がため息と煙を同時に吐いた。
ベッドに横たわっているのは、サディスティック星の王子と異名をもつ沖田総悟。その赤い瞳には、珍しくほんの少し動揺の色がみえる。
「僕…いや俺?は、貴方たちの知り合い…だったんですかィ?」

口調に違いは無いものの、その表情たるや穏やかだ。

「マジ…らしいな」
銀時が唖然とした顔で小さく呟いた。
「事故ですか?」
新八が土方に問いかける。
「事故だな。……表向きは」
「裏があんのか」
近くにあった椅子に腰を下ろしながら、銀時は眉を潜めた。
「詳しくは言えないが、まあ真選組を嫌がってる上の連中の仕業だろうな。一番隊長が腑抜けになりゃ、真選組も終いだと思ったんだろ。」
生憎、ウチはそんな柔じゃねぇが。そう言うも土方の表情は苛立ちに満ちている。

「俺は真選組にいたんですかィ?」
「さあな」

「え、」なんでそんな曖昧なー、新八が言い切る前に、銀時に手で口を塞がれた。
「で、依頼ってのは、その上司の抹殺?」
「違ェよ。コイツの記憶を一日で思い出させて欲しい」
「どうして一日なんですか?」
「一日たっても思い出さなかったら、金は払う。万事屋で住ましてやってくんねーか」
新八が驚いたような顔をした。
「沖田さんをウチで!?」



「真選組で戦えないヤツは切られる。それを守る事は、不可能に近いんだ。頼む」
「一日で思い出しても思い出さなくても、金が入る、と?」
「ああ」



最初以外一言も話さない神楽と、沖田の目が一瞬合った。神楽が直ぐに逸らす。

「一日だけ、依頼請け負った。ただ、万事屋で住ませるこたー出来ねェ」
「…分かった」
土方も何か通じたようだった。沖田を一瞥した後、立ち上がる。
「じゃあ後は頼んだ。真選組は今の時期、忙しいんだ」
タバコ入れにタバコを潰して、(そういえば病院は喫煙禁止じゃないのか?)病室を去った。

記憶を無くした少年が、窓の外を眺めた。
雲をすべて取っ払ってしまったような青い空に、閉じた窓がその縁を囲う。「おい記憶喪失少年」
「へい」
沖田はこちらを見ずに、声だけで返事をする。
「名前も覚えてねーのか」
「へい」
「年は」
「へい」
「お前の恋人もか」
「へい……。へ?」

「コイツ、覚えてねーの?」
銀時は神楽を引っ張って沖田と向き合わせた。ばっちりと目が合う。
ぎょっとしたのは記憶喪失少年だけではない。
何故か気まずくて、また目を逸らした。



「ちょ、何いってるアルか銀ちゃん!」
「ばっかオメー。お前と沖田くんはいっつも張り合ってただろ?つまり接点もお前が一番多い。んで元恋人とありゃあ、少しは心を開くってもんさ」
小さな声で神楽の耳に囁く。
神楽も小声で反論した。
「たとえ記憶喪失少年でも、コイツの彼女なんていやアル!」
「酢コンブ3箱」
「了解」
「いや、単純すぎでしょ神楽ちゃん」
「るっさい駄眼鏡」
「ちょっとぉお!」


神楽はにっこり笑って沖田の傍の椅子に座った。


「彼女の神楽アル」
「この華奢で可愛らしいお嬢さんが、俺の彼女だったんで?」
神楽の全身に鳥肌が走った。

あろうことに銀時と新八は腹を抱えている。

「ぶっ、ちょっ今の聞いた新八君!一生に一度でもあんなん聞けないぜ!」
「笑っちゃ駄目ですよ…ぶっ」

その次の瞬間二人は可愛らしいお嬢さん(沖田談)の手によって、違う病室に運び込まれた。


「沖田総悟。それがお前の名前アル」
二人きりになってしまった病室で、神楽は冷静を装った。
「へい。貴女は?」
「私は神楽アル!プリティーな彼女がいて良かったアルな」
「神楽」


呟くように飲み込むように、低く呼ばれた名前に、心臓から指先まで痛みが駆け抜けた。


「なあ沖田」
「彼女ならどうぞ、名前で呼んで下せェ」
「遠慮するネ。思い出した暁には、呼んでやるアル」

大体本当は付き合ってもなければ好きあってもいない只の好敵手だったのだ。名前でなんか呼べない。


…たとえ神楽が、沖田を好きだったとしても。


「外には出ても大丈夫なんダロ?」
「許可はもらってやす。外傷は無いみてェなんで」
「敬語止めろヨ。なんか腹立つから」
「分かりやし―…、分かった」
本当に付き合っていたら、後ろめたくなかったんだろうか。気まずくなかったんだろうか。


神楽は頭を振って悩みを頭から一旦排除した。
立ち上がって笑う。銀ちゃんだってなんやかんやで大丈夫だったんだ。コイツもきっと大丈夫。


「いくアルよ!」

手を引っ張ったその瞬間だけ、沖田は赤い瞳に動揺の色を滲ませ、心臓が軋む感覚を味わった。
















後書き
いつもより少し長くなりそうです。そしてシリアスなのでちょつぴり暗め。
きれいにまとまるといいんですが…。


よろしければお付き合い下さい。
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