好きな人、そうじゃない人

ここ最近、僕はバイト先から帰宅するまでに通る道脇の公園に、望遠鏡を持った怪しげなサラリーマンを目撃していた。

スーツをバリバリに着こなした、如何にもって感じの男の人。

もちろん近づく訳もないから遠目でしか、しかも後ろ姿しか見たことがなく詳しい容姿なんて語れないけど、それでも何となくそのスラッとした体型から意外に格好いいんじゃないかと勝手に妄想していた。

何度も何度も、その時間帯にそこにいるその人の姿を見つけては、天を仰ぐその様を然り気無く盗み見してきた。

声をかけることなく。

近づくこともなく。

だから顔もわからないし、声も知らない。

あの人のことも、あの人が何故星を見るのかも。

この微妙な均衡を崩すつもりは、僕には無かった。

最初は都会っこらしく、知らない人とは関わらない…そんな警戒心みたいなもので触れなかった。

でも今は、多分あの人が単純に趣味の時間を楽しんでいるだけなのは理解していた。

かと言ってそれでも、ここから動こうとは思わなかった。

ただ眺めていれば、それで良かったから。





その距離感を変えるきっかけは、思わぬ形でやってきた。

向こうから声をかけてきたのだ。

「…すまねぇ。ちょっと聞きたいんだが…」

「な、何ですか?」

いつも通り、バイトを終えて帰宅する途中であの公園の前を通り、さあ今日もいるかなと思っていた矢先、あの人は何故か歩道で下を向いてうろうろしていた。

この夜分に誰かが通ることなんて少ないから、きっと相手は思わずといった感じで声をかけてきたんだろう。

「この辺に鍵を落としちまったみたいでな。ここに来るまでに見なかったか?」

「…い、いえ…」

初めて聴いたその人の声は、低いけど凛としていて何だか妙な納得を覚えてしまった。

間近で見た、想像通りの端正な顔に合う良い響きを持つ声。

僕の答えに、そうかと落胆の色を見せた。

「すまなかったな、ありがとう」

「あ、あの…」

「ん?」

「僕も…手伝いましょうか?」

気がついたら、そんなことを口走っていた。





「悪かったな、お陰で助かった。…えーと」

「沖田…総司、です」

「総司か。俺は、土方歳三だ」

いきなり名前で呼ばれるとは思わなかった。

あれから二人で必死に探して、結局公園の入り口の植え込みの見えにくいところにキラリと光るものを見つけた。

「多分、準備する時に落ちたんだな…」

「それ、ですか?」

傍らにスペースを陣取るまあまあ大層な望遠鏡を指差し、控え目に話を振ってみた。

すると土方さんは、フッと笑って頷く。

「ここは空が開けてて見えやすいんだ」

「へぇ」

「覗いてみるか?」

「え、良いんですか?」

「一緒に探してくれた礼だよ」

「じゃあ…」

夜空の天辺にある一番明るい星に照準を合わせてくれた土方さんの後、僕はそっとレンズを覗く。

そこには丸くて綺麗な、淡い色みの星があった。

天体望遠鏡なんて、覗くのはいつ以来だろう。

多分、小さい頃にちょっと見させて貰った程度だ。

「こんな明るいところでも、見えるんですね」

「太陽系の惑星や、一等星や二等星くらいなら東京でも見れるぜ」

「そうなんだ…」

惑星はわかるけど、等星ってのはわからなかった。

明るい星のことなのかな。

「…星、好きなんですか」

「そうだな、好きだぜ」

スーツを着たサラリーマンが、子供みたいな顔してはっきり言いきる姿は可笑しくて、でも何だか眩しく感じた。

僕は、そんなはっきり言えるような好きなものは持っていなかったから。

「何か、良いですね」

「…星を見てるとな」

ちょっとした間の後、さっきまでの揚々とした顔つきが潜んで今度は諦めたような達観した顔を晒してきた。

「星を見てると、思い出すんだ」

「…何を…?」

「…星になっちまった奴のこと」

それは、つまり。

「毎日墓参りみたいなもんだな、これは」

「え…」

突然出てきた暗い話に、何と返していいかわからない。

戸惑っていると、今更気がついたように照れ笑いを溢した。

「いや悪い。何言ってんだろうな俺は。初めて会ったってのに…」

ずっと、誰かに言いたかったのかもしれない。

何かしらの鬱憤とか哀しみとかを、ほんの少しでもいいから伝えたくて。

それに自分が選ばれたことが、少し嬉しい。

「そんなこと、ないです」

「そうか。ありがとな」

本当はもっと、何でもいいから貴方のことを知りたい。

そんなことをふと思って、そんな自分に愕然とした。

「天文学者が夢だったけど、頭がな。どうにも文系らしくて、諦めた」

暗くなってしまった空気を和ませようと明るい口調で言ったそれは、まさに僕の望みの数ある中の一つ。

望遠鏡を覗くその姿を今度はすぐ隣から眺めながら、心底ヤバイと思った。

星が好きで、文系で、夢は天文学者だった、誰だかわからないけど死んでしまった人を毎日祈る…この人を。

「…あの」

「何だ?」

「明日からは…僕もここに来ても良いですか」



土方さんを、好きになった。



―――

突発的に。

星←土方さん←総司、みたいな。

文系で天文学諦めたのは私です。


[ 7/21 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -