この時代と繋がる―肆―
『じゃあ俺も聞いておくか。お前はその…も、てる…のか?』
わからないながらも、現代の言葉を僕に合わせて使おうとしてくれるから、それすらも嬉しくなる。
電話で話をするだけで顔すらわからない相手なのに、僕は土方さんという人に無性に惹かれていく。
「…僕は、そんなにモテないですよ。今だって彼女もいないし」
『彼女…ってのは、恋仲の相手のことか…?』
「はい」
『そうか』
土方さんは、僕のことをどう思っているんだろう。
少なくとも、こうやって他愛ない話を出来るくらいなんだから嫌われてはいないはず。
でもだからって、僕に彼女がいないってことを知ったとしても、何かを思うこともない筈だ。
そう考えて、一人で勝手に落胆した。
「土方さんは…好きなものは何ですか?」
この話はここまでにして、とりあえず別の話をしようと適当に変えてみる。
『そうだなぁ…食いもんなら、沢庵だな』
「へぇ…質素なんですね」
『沢庵、食ったことあるか…?』
「え…そりゃまぁ」
日本人の食で、漬け物の中では一番有名なものじゃないだろうか。
食べたことのない人なんて、外人以外にはいないと思う。
まぁ、漬け物自体は好き嫌いが別れそうだけど。
「僕は好きですよ、甘辛いけどあっさりしてて」
『そうか…。お前のいる時代にもあるんだな、ちゃんと』
感動したような安心したような声音で言われて、そんなに沢庵の未来が心配だったのかとちょっと可笑しくなった。
次第に堪えられなくなってきてクスクス笑い声を洩らせば、憮然としたように返される。
『てめぇ、何か失礼なこと考えてたな…』
「そんなことないですよ?ただちょっと、土方さんが如何に沢庵が好きかってのを実感して…」
『…あのな。俺は別に沢庵の先を慮ってた訳じゃねぇよ。ただ…沢庵が残ってるんなら、この国の文化は守られたんだなと思っただけだ』
考えが飛躍している、とは簡単には言えなかった。
幕末に起きた革命・明治維新は、一体何故起きたのか。
その為に起きた戦争も、どんな意味があってどんな人たちが戦ったのか。
確かに学校の授業で習った。
けれどただ大まかに教えられるだけで、僕たちだってテストの為に頭に詰め込むだけだった。
全部終われば、それらは全て綺麗に頭から離れていく。
「…土方さんが願ったのは、そういうことなんですか…?」
維新の前後で鎖国を解いたことは覚えてる。
それと同時に、沢山の外国人が日本にやって来たってことも。
ある意味日本にとってはその時代が、一番不安定で危なかった時期だった。
『…それだけじゃねぇけどな。徳川の時代は、侍の時代は…もう終わる。例えお前から未来の話を聞かなくても、俺たちにはそれが痛いほどよくわかる。だったらせめて、この国が異人たちにいいようにされねぇように…進んで貰いたい』
「…土方さん…」
やっぱり…そう思った。
この人は、消滅という結末を覚悟してる。
受け入れている、と言っても良いかもしれない。
そしてそれは、土方さんだけじゃない。
彼と一緒に戦っている、僕の知らない他の仲間も同じ。
『こんなカラクリ…機械も出来て、ちゃんと文化も守られてる。…良かったよ』
本当に嬉しそうに言う土方さんに、僕は今更気づかされた過去の先人たちの想いに胸を突かれた。
今を生きる僕たちは、こんなにも大切に想われていた。
「幸せですよ、僕は。今はね、テレビって言う板で情報とか演劇とか見たり、音楽を保存した小さな機械を持ち運んで聴いて歩けたり、冷たいものを保管できる大きな箱があるんですよ」
『そうか…。そりゃ、便利だな』
「うん。それと、ゴミを吸って集めてくれる機械とか、暑いときには部屋を涼しくしてくれるものとかもあるんです…」
土方さんが知っている時計やカメラなんて比じゃない。
全部土方さんにも見せたいと思いながら、それが叶えられないことが歯痒かった。
異国に捕らわれず、守られた日本人としての生活。
それを築き上げて守ってくれた人たちは、皆この世にはいない。
「ありがとう。…ありがとう」
『何言ってやがる。俺たちは望んだだけで、結局自分の意志を貫いて足掻いてるだけだ。何もしてねぇよ』
「…でも、土方さんは…昔の人代表ってことで」
『なんだそりゃ』
込み上げてくる涙が、笑いに変わる。
お互いに可笑しそうに喉を振るわせて、こんなひとときが少しでもこの人の安らぎになればと願った。
それからも色々と話をして、やがてどちらからともなく電話を切っる。
今度は躊躇いなく携帯を閉じることが出来たけど、それでも空虚感は拭えない。
また直ぐに、声を聞きたくなってしまう。
そういう訳にもいかないから、仕方なく携帯を握り締めて布団に潜り込んだ。
―――
総司の考えは私の主観です、すいません。
今があるのは過去の皆のお陰。
でも最近、日本も弱ってるよね。
…心配。
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[mokuji]
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