この時代と繋がる―弐―
自分でも事態が上手く飲み込めないまま、考え得る現状を話して聞かせれば、相手は意外にも簡単に納得してしまった。
『…そうか』
の一言で返された時には、この人本当にちゃんとわかってるのかな…なんて思ってしまった程だ。
しかし、昔の人は結構冷静だったらしい。
『この変なカラクリのお陰で、何となくそんな気がした』
「…でも、普通は考えられませんよ?過去と未来を結んで電話出来るなんて…」
『ちなみに、こっちの時代から何年後なんだ?』
「…えーと」
どうせ元号で言ったって理解できないだろうし、慶応って西暦だと何年なのかわからないから答えに詰まる。
明治維新、って何年だっけ…とそこから考えなければならない。
とりあえずパソコンのスイッチを密かに入れて、立ち上がるのを待った。
しかしそんな間を大人しく待ってくれるような相手じゃないらしく、何やらごそごそと音がしたと思ったら。
『…あぁ、異国の暦だと…今は、1869年…らしい』
と、どうやら西暦っぽい数字を言ってくれた。
「じゃあ今が2012年だから…143年前、ですね…」
『すげぇな…。そんな後なのか…。その頃には、こんな鉄の塊で顔を見なくても話が出来るようになるんだな…』
感心したような言葉の並びはわかるけど、それと同時に感じた安堵感。
僕はふと、立ち上がったパソコンのネット検索画面で『土方歳三』と打ってみた。
…そして、接続する前に直ぐに消した。
「…土方さんは、今何処にいるんですか?」
『…蝦夷だ』
「え、ぞ…?」
それって、確か北海道のことだったっけ?
『あー…、箱館ってわかるか…?』
「あ、わかります。えっと、青森の北の島…?の南」
『…青森、か。まぁ、そうだな』
日本の地名で四苦八苦する羽目になるとは思わず、これだけでちょっと疲れてしまった。
もし幕末じゃなくて戦国とか平安時代だったら、こうやってまともに会話も出来なかったかもしれない。
そう思うと、良かったかななんて場違いにホッとしてしまった。
「函館だと…今、物凄く寒いんじゃないですか…?」
『そうだな、寒い』
それでも、地名とか機械とかで成り立ちにくい会話も、人間の感覚という部分に関してはいつの時代も同じだった。
そんな些細なことが嬉しくて、僕はもっと彼と話がしたくなった。
「あの、この機械のことなんですけど…」
『…あぁ』
「こっちでは、話したりしてる間に電池がなくなったり、料金がかかったりするんですけど…」
『…でんち…?』
「えー、電池っていうのは、動かす力みたいなものなんですけど。定期的に機械に繋いで、補充しなきゃならないんです」
まるで相手が小学生か、或いは老人に説明をしている気分だ。
そのあとも長々と使い方やら仕組みなんかを話してみたけど、当時の日本は開国してすぐのことだったし、しかも戦時中。
一番近代的だと思った物はカメラ、時計…それから銃だと言われてしまって言葉が続かなかった。
「…一旦、耳を離してもらって…表面の左上に印があると思うんですけど、そこが電池があるかないかって表示なんです」
『あぁ、これか…?なんか、水の量みたいだな』
「どれくらい減ってますか?」
『…いや、別に減っているようには見えないが…。満タン、って言うのか?』
…おかしい。
これだけ長く電話してるのに、全く減っていないなんてどんな充電池なんだ…なんて思って現実問題、携帯が過去にある時点で既に色々崩壊していることを思い出す。
大体、電波なんてあるはずないのになんで電話出来てるんだって話だし。
「…僕にもわからないことばかりですけど、とりあえず他の操作を教えますね」
とにかく電池が減らないなら問題はない。
そう結論づけて僕は自分の携帯の心配をすることにし、慌てて充電器の端子を携帯に差し込んだ。
「…もう、そろそろ…」
流石にもう寝ないとマズイ時刻に差し掛かり、名残惜しさを感じつつ話を切り出す。
昔の偉人は不思議と現代人並の物覚えの良さと理解力を発揮し、問題はこれから実践…というところ。
この通話を切って、果たして次にも連絡を取れるのか。
それこそが全てだった。
「…とりあえず、また明日電話してみます」
『戦もあるからな…取れない場合もあるが』
最初にこの電話を取れた時点でそんなに心配はしていなかったが、土方さんの放ったこの一言でまた違った意味の心配をする羽目になる。
ついさっき、嫌な予感がして検索を止めたことを思い出した。
「…わかりました。じゃあ暇が出来たら連絡して下さい。掛け方はさっき言った通りですから」
『あぁ、やってみる』
「…じゃあ」
『あぁ』
携帯を耳から離して電源ボタンを押そうとして…出来ない。
初めて話をした顔も知らない相手に、こんな感傷的な思いを持つことになるなんて思わなかった。
迷ってる内に、やがて通話が切られた音が聴こえてきた。
「なんだ…ちゃんと使えるじゃん」
また、話がしたい。
そんな風に思って、僕は携帯を閉じた。
―――
また明日
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