蒼黒の狩人―不可視のもの―


「…ところで、ずっと気になっていたんだが…」



ある日唐突に、それはもう本当に唐突に、土方さんは尋ねてきた。



「…そいつは誰なんだ?」





その時の土方さんの視線は僕じゃなく、僕の隣を見つめていた。

誰もいない筈の、僕の隣を。

「な、に…言ってるんです?」

そこに『彼』がいると知っているのは、僕だけの筈だった。

「…見えるのか」

「は?見えるに決まってんだろ」

僕を放って勝手に会話を始めた二人に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

はじめ君は何か嬉しそうだし、土方さんは怪訝そうに睨んでるし。

「待って待って待って!ちょ…土方さん、はじめ君のことほんとに見えるんですか!?」

「だから、見えるって言ってんじゃねぇか。大体、見えるって何なんだよ」

はじめ君、僕以外には姿が見えないって言ってなかったっけ。

そんな思いをありったけ込めてジト目で見れば、はじめ君は何処吹く風どころか華麗に僕を無視し始めた。

「ふむ…。面妖なこともあるものだな」

「…で、見えるって何なんだよ!」

マイペースなはじめ君に苛立ちを覚えたのは僕だけじゃなかったらしく、土方さんもとうとう騒ぎ始める。

まさしく、もうぐだぐだだ。

「あの…土方さん。はじめ君は何というか…その。普通の人には見えない、らしいんですよ」

「…え?」

「死神らしいんです」

「………」

そりゃ普通は信じられないですよね、僕だってそうだったし。

「…現在はこの者の執行猶予中で、その日常を傍で見させて貰っている」

土方さんの顔は明らかに混乱の極みなのに、それに追い討ちをかけるかのように端から見たら意味不明なことを告げている。

理解なんて簡単には出来ないだろうし、まして記憶のない今の土方さんには警戒心をやたらと昂らすだけにしか思えない。

けれどはじめ君に関しては他にどうとも言えず、正直に告げるしかなかった。

それからは暫く黙って考えている様子だった土方さんは、ふと思い付いたように顔を上げて僕らを見る。

「…もしかして、俺の命を取りにきたのか」

事故を起こして死にそうになったという事実をちゃんと理解しているからか、『死神』という言葉ではじめ君の存在が自分に関係があるのだと思ったらしい。

これにははじめ君も静かに首を横に振った。

「さっきも言ったが、俺が憑いているのは総司だ。あんたじゃない」

「…そうか…」

見事にきっぱりと宣言されて、そりゃ確かにそうかもしれないけど…なんてちょっと複雑な気分になる。

そして同時に、俄に安堵しているようにも見える土方さんを視界に捉えて、何だか変な感じがした。

死にたいと願った僕と、それに反応して現れた死神。

そしてその僕が出逢った、死にたくないと願っているだろう土方さん。

こんなにちぐはぐな僕たちがこうして一つの部屋で、こんな風に喋っている。

「土方さんは、死にそうな目に遭ったからはじめ君が見えるのかもしれないですね」

「そういう原理なのか?」

「…基本的には、俺の姿は総司以外には見えない筈なのだが」

何でも知っているようなはじめ君でも、この事態の要因はわからないみたいだった。

もしかしたら本当に、僕の言った通りなのかもしれない。

結局これについては正しい答えなんて分からずじまいで、とりあえずは土方さんも半信半疑ながら頷いてくれたので、この話はここまでになった。





「…で、本当にわかんないの?土方さんが見える理由」

土方さんの前以外で、例えばこうしてはじめ君に話しかければ、通り過ぎる人たちはやっぱり不信気に僕を見ていく。

こうしてみると、改めて本当に土方さんに姿が目視できたのは普通じゃないことを実感できた。

まぁ元々、はじめ君の存在自体が普通じゃないんだろうけども。

「わからない。例えば一般的に人間たちが言うような霊感などがあったとしても、それでは俺の姿は見えない筈だ」

「やっぱり、最初から見えてたのかな…」

事故の影響でというのなら、ふとした瞬間に見え始めたということも無くはないだろう。

土方さんは、『ずっと』気になっていたと言っていた。

だったら少なくとも、今よりも前からはじめ君の姿を認知していたんだろう。

「人とは本当に不思議なものだ。このように我々の理解を簡単に超えてしまう」

だから気になるのだと、そう続けたはじめ君の顔には、これ以上ないくらいに満面の笑みが浮かんでいる。

人間なんかの何がいいのか、そんな風に思っていると、どうやら単に人に対する興味だけでここまで喜んでいる訳ではないようだった。

「あの男、とても興味深い」

「…そう?」

「お前もそうだが、魂の色が他の者とは違う。とても珍しく、とても純粋だ」

魂に色なんてあるものなのかとも思ったし、土方さんはともかく僕の魂が純粋なんて本当なんだろうかと疑いたくなる。

僕なんて誰からも必要とされない、他の人よりも遥かにちっぽけな存在なのに。

けれど土方さんが褒められたような気がするのは、何だか嬉しかった。

「何だろう、この気持ち…」

この話をしたら、土方さんはどんな顔をするんだろう。

喜んで、笑ってくれるだろうか。

それとも、照れて布団の中に隠れてしまうだろうか。

一人で想像して、また可笑しくなった。



―――

オーラとか人とは違いそう。

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