蒼黒の狩人―蒼と赤―

「…そう言えば君、名前なんて言うの?」

「…名前?そのようなもの、知ってどうする」

「呼び掛けに困るでしょ。まぁ、死神さんでいいならそれでもいいけど」

「…斎藤、一」

訊いておいて何だが、死神にも名前なんてあるんだなぁ…なんてぼんやりと思う。

死ねないなら他にすることもなく、仕方ないから自宅に帰ろうと歩き出した帰り道。

ふらふらと後ろをついてくる僕より低いその男は、確かにちょっと浮世離れしているようには見えるものの、どこをどう見ても普通の人間にしか見えなかった。

しかしこうして言葉を交わしていると、行き交う人が不審気に僕を見てくる辺り、やはり彼が言う通り本当に僕以外には目視出来ないらしい。

不思議なものだと思いつつ、ふと疑問に思ったことが一つ。

「…そういえばさ」

「なんだ」

「…どうして君は、僕についてくるのかな?」

何故わざわざ、僕の後ろをついてくるのか。

よくわからないが、一年の考える時間があるならその間はそのままで、一年後のその日にまた出てくればいい話じゃないのか。

「それは…興味があるから、と言うべきか…」

「興味?」

「…人が、考えたり思ったりすることに興味がある。そうして出した、結論にも」

「何それ。君が考えて結論出せって言ったんじゃない」

することを強制した癖に、その様子に興味って意味がわからない。

けれど死神にも、考えたり思ったりすることもあるらしい。

「…そうだな。だが俺が見たいのは、限られた時間の中で人が作る営みだ。つまり、一年間でお前がどう生きていくか…それが見たい」

「ふーん。…悪趣味だね」

どうせ死ぬから構いやしないが、普通の人間だったら監視されてるみたいで嫌だと思うかもしれない。

大体、人間の…しかも僕の人生なんて見ても何ら面白くも何ともないと思うのだが、そう言ってみても彼は見たいの一点張りで無駄な説得で終わった。

そうこうしているうちに自分の家に着いてしまい、こんな筈じゃなかったのにと二度と開けるつもりの無かった部屋の鍵を解錠する。

そこは相変わらず、何もない質素な部屋だった。





死神との生活は、何とも奇妙なものだった。

常にそこにいるのに、ご飯を食べなくてもお腹を空かせることもなく、お風呂に入らなくても一切臭わすこともない。

水も飲まないし、眠ることもない。

ただそこにいて、見えるし話も出来るのにそれ以外は確かに人じゃなかった。

ここ数日はそんな風に、死神観察で一日を終えるばかりの日々が続いていた。

死神…はじめ君が言ったように、果たして本当にこんな僕に『捨てるべきじゃない可能性』なんて残されているのかと疑いたくなるくらい、その異質な生活以外は何の変化もない。

誰からも必要とされない、そんな無意味な人生。

はじめ君以外に、僕を見てくれる存在なんていない。

そういう皮肉に今更に気づいてしまった僕は、またあの負の感情を抱き始めていた。

「…僕、なんて…」

まるで広い世界に僕だけ取り残されたようなその孤独感は、簡単には拭えない。

はじめ君がいても、人とは違うその存在感が僕を癒すこともない。

何も喋らなくなった僕をただジッと見つめてくるその蒼い瞳が、逆に窮屈で仕方がない。

死ぬことを是としない、許さないとその目は語り、そしてそれは実際に彼によって誓約として僕を縛りつけている。

堪え難くて外に出ようとしても、はじめ君は黙って僕の後ろをついてきた。

「…君は、僕を監視してるの?」

ただの興味…にしては異常なくらい、彼は僕を一人にしてくれなかった。

彼から逃げ出したいのに、それすら許して貰えないのか。

次から次へと出てくる溜め息は、僕からどんどん幸を遠ざけてくれている気がした。

「…このまま、真っ直ぐ直進しろ」

「…え?」

突然なんだと問い返せば、はじめ君は黙って従えと僕に更なる指図をしてきた。

「僕が行きたいのは、そこのコンビニなんだけど」

「向こうのスーパーにしろ。そこに、お前の求めるものがある」

「僕が…求めるもの…?」

僕の考えとか望みとか、そんなものをはじめ君が全て悟っているなんてそんな馬鹿なと思いつつも、もう別段驚かなくなってきていた。

やっぱりはじめ君は、『人』とは違う。

その瞳は未来すら見ることも出来る、歴とした『死神』なんだ。

言われるがまま、本来曲がる筈だった道を真っ直ぐに進む。



僕の望みなんて、たった一つだけ。



世界中で誰か一人でもいい。

僕をちゃんと見てくれて、僕を信じてくれる人と出逢いたい。

それだけだった。





言われたスーパーに近づくにつれ、僕の心臓は五月蝿く高鳴った。

はじめ君の言葉を信じるなら、ここで僕の望みを叶えてくれる人と出逢うということになる。

これが僕に残された可能性…そう思うと、やっぱり緊張した。

汗ばむ手を握ってスーパーの前まで歩いてくると、次に何かを考える前に誰かが叫んだ。

「危ない!!」

その声に反射的に振り向いたと同時に、大きな音がした。

その直後、沢山の悲鳴と異臭が辺りを包む。

視界に映ったのは、白い車と赤い滲み。

「…え?」

そして、赤の中に沈む一人の男。



「…あれが、お前の望んだ未来の一部だ」



はじめ君の冷めた声が、僕の鼓膜を切なく揺らした。



―――

土沖だよ?一応


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