この時代と繋がる―拾弐―
何事もない、平穏な毎日が過ぎていく。
まるであの奇跡が、本当にあったのかわからなくなるくらいに平和な日々。
かつての自分より満たされている筈なのに、心には大きな空洞があるようだった。
お金もなく、いつも空腹だったあの時とは違い、今は有り余るお金と求めればいつでも売ってくれる場所がある。
24時間営業のコンビニなんて、それこそ贅沢の極みなのかもしれない。
そこでアイスを買って、来た道を戻る。
あの日初めてあの電話を取った日から、あれだけ楽しかった何もない毎日が今は至極つまらないものへと成り果てた。
友達と遊ぶ気にもならないし、家でゲームをする気にもならなくなった。
ただ部屋に引きこもり、何もせずにぼんやりとテレビを見て終わる一日。
所謂、ニートというやつだ。
正直頭の中の冷静な部分は、何をやっているんだと今の自分を責めている。
それでもどうにかならない程、今は何のやる気も起きないのだから仕方がない。
これが鬱ってやつだろうかと人知れず溜め息を溢していた時、今日最も不運だと嘆きたくなるような出来事が発生した。
「あ!やべっ、あぶねぇ!!」
「ぐふっ…!」
どっかから飛んできた結構な豪速球が、僕の頭を直撃した。
もの凄い痛みに頭を抱えて踞るが、そんなことしてみたって大して状況も変わる筈もない。
叫び声すら上げられず、悶絶するのが精一杯だった。
「…うぅ、っ…」
「わりぃ、大丈夫…な訳はないよな…。きゅ、救急車呼ぶか…?」
意外と近くから聴こえてきた声は、話す内容から恐らく僕をこんな目に遭わせた張本人なんだろう。
頭が痛すぎて俯いたまま上げることが出来ずまだ姿は拝めないでいたが、何処と無く幼さの残る声音からきっと変声期前の子供であると予想出来た。
「…っ、大丈夫じゃ…ないね!も…めちゃめちゃ痛いっ!道路に向かって投げるなんて、どういう方向感覚してんの…!」
「…だから、悪かったって…!本当に!」
時間を置いて、やっと普通に話が出来るくらいには回復してきた。
まぁそうは言っても、依然頭の痛みは健在だったのだけど。
さぁどんな奴が…といよいよ顔を見てやろうと、それくらいには復活出来た。
「…この恨み、只じゃ済まさないか…ら」
思い切って顔を上げた先、視界に入ってきたのは…。
「…ひ、じかた…さん?」
予想通り少年の姿をした、あの人そっくりの男の子だった。
「何で俺の名前、知ってんだ?」
土方さんの子供の頃を、僕は知らない。
けれど彼が『土方さん』だと、何故か確信を持って言えた。
黒く艶やかな髪だとか、鮮やかな紫の瞳だとか。
一見すると女の子にも見間違えそうな、綺麗な顔立ちだとか。
そんな風なのに、やんちゃぶりが全面に出ていたりするとことか。
ただ似ている、そんなんだけじゃなく。
魂が、その子を『土方さん』だと言っている。
「…何、人の顔じっと見やがって…。悪かったって言ってるだろ!」
「…ねぇ」
「な、何だよ…」
「君、僕のことわからないの?」
「…は?知らない」
即答されて、心が折れそうになる。
絶対にその人なのに、僕のことがわからないなんて。
「…僕、沖田総司って言うんだけど」
「あぁそう…すいません、沖田さん」
子供とはいえ土方さんが他人行儀に僕の名を呼ぶことが、こんなにも堪えるとは思わなかった。
きっと記憶があって、冗談なら笑えたんだろうけど…そうじゃないから寧ろ笑えない。
こんなことなら顔なんか見るんじゃ無かったと後悔して、再び下を向いて視界から追い出した。
それをどう取ったのか、ふとボールが当たって腫れた場所に拙い温もりを感じる。
小さい手のひらが与えてくれるその温かさは、昔あの人が与えてくれたそれと同じ。
「…そうだよね。覚えてなくても仕方ないよね…。だって僕も、忘れてたんだから…」
けれど不思議な奇跡が、思い出させてくれた。
だからきっと、土方さんもいつか思い出してくれるのかもしれない。
いつか、『総司』と呼んでくれる日が来るのかもしれない。
「…ねぇ、携帯番号教えてよ」
今時の小学生なら持っているだろうと予想して言えば、やはり予想通りだったようで。
けれど恐喝でもされるのではと警戒されているらしく、無理矢理交換した番号を見てやっと笑えた。
それは、もう既に僕の携帯に登録されていたあの番号だったから。
「あと十年したら、君に伝えたいことがあるんだ」
その頃には僕はおじさんかもしれないけど、それでもいい。
「なんじゃそりゃ。…変な奴」
「うるさいなぁ。…今日のこと、訴えるよ?」
「てめっ、汚ねぇぞ!」
もう一度同じ時を生きられるなら、僕はいくらだって待てる。
今度こそ後悔のない人生を生きて、今度こそずっと傍にいるから。
神様、奇跡をありがとう。
―――
これ、続けてもいいかもしれないな。
ちび土方さんが攻めって無いよね!?
書いてみたいし…。
何はともあれ、おつきあいありがとうございました!
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