この時代と繋がる―拾壱―

解放してあげたいと、そう思った。

解放されて良かったと、本気でそう思った。

けれどただ一つ。

傍にいてあげられなかったことが、悔やまれて仕方がない。

結局土方さんは、死ぬ時も一人だった。





『知っているかもしれないけど…。土方君…亡くなったよ』

本来はきっと明るくて朗らかな性格なんだろう大鳥さんの声も、流石に声の色を失っていた。

同僚であり仲間であり相棒でもあった相手の死が、辛くない筈がない。

それでも彼らは悲しんでいる暇を持たぬまま、戦い続けなければならない。

「そうですか…」

『傍にいた者の報告では、駆け寄った時には既に息をしていなかったらしい』

つまり、ほぼ即死。

他の人の人生を怒涛の如く変え、影響を与え続けたあの人の死は、吃驚するくらい簡単なものだった。

鬼だとか菩薩だとか色々言われたみたいだけど、結局あの人も人間だった…そういうことだ。

「傍にいた…ってことは、一人じゃなかったんですね?」

『そうだね。彼は慕われていたから…涙を流して惜しむ声を上げて、身体にしがみついていた人もいたみたいだ』

「…そっか。良かった…」

一人じゃないのだったら、土方さんが大切だと言い切った彼らに見送って貰えたなら、きっと安らかな死だったに違いない。

それがわかっただけでも、胸の支えが少し和らいだ。

『君には、ちゃんと言っておきたいと思って…。…僕たちは、きっと降伏することになる。どんな恥を被っても、泥臭く生きることを選ぶ。例え死後、土方君に士道不覚悟と罵られても』

「大鳥さん…」

『それでも僕は、言ってやりたいんだ。…少しくらい泥臭くっても、土方君だったら輝き続けられた筈なのにって』

土方さんは、いつだって皆の光だった。

希望を見失って、絶望しか感じられなかった時でも、常に前だけを見て立ち続けて僕らの標となってくれていた。

幕府軍は…大鳥さんたちは、そんな光を失った。

武士なりの誇りを捨て、生きて…違う形での未来へ進む道を選んだ。

『生きていくよ、僕たちは…。どんな結末でも、死んでしまうよりはずっといい筈だからね。それを、証明する為に…』

捕まってしまえば、大鳥さんクラスの大物は殺されてしまうかもしれない。

けれど彼は、それでも生きると言った。

土方さんに、見せつけてやると意気込んで。

「…そうですね。きっと土方さんは、お小言の一つでも言って…それから何だかんだ言って認めてくれますよ」

土方さんという光を失った幕府の人たちは、もしかしたら大鳥さんという新たな光を導き出したのかもしれない。

違う道でも、それが彼らの選ぶべき未来なんだろう。

『ありがとう。…輪廻転生…そんなものが本当にあるのだとしたら、きっと次の人生で君と逢えることを祈るよ。そして、土方君とも』

「…はい、僕も」



その言葉を最後に、通話は途切れた。

それから日を跨いで何度か試したものの、その番号に通じることはなく…最終的には。

『お客様がお掛けになった電話番号は、只今使われておりません』

無機的なアナウンスが、そう繰り返されるだけになった。

『向こう側』の携帯がどうなったのか、そもそも一体何故こんな摩訶不思議現象が起きたのかさえ、未だにわからないまま。

それでも僕はただ、あの奇跡のような繋がりがきっと必然だったのだと、そう願って止まない。

僕が知らなかった、土方さんの終焉。

それをこうやって、知ることが出来たから。

失われていた遥か昔の記憶も取り戻すことが出来たし、もうそれだけで充分だと本当にそう思った。

…筈だったのに。

「…っ、…じか、さんっ…!」

自覚が無いまま流れていく涙の本当の意味を、僕は自分でもわからない。

時空を超えてもやっぱり、大切な人の死がショックなのか。

例え電話越しでも、もう話をすることも叶わなくなってしまったことが悲しいのか。

結局、この気持ちを伝えられぬまま終わってしまったことが辛いのか。

どれも本当の気持ちであって、そうじゃないような気がした。

それでも、どんなに後悔したって解決することは何もない。

ぐちゃぐちゃした訳のわからない感情を持て余していながら、ふと言い知れぬ既視感を感じた。

「…そうか」

僕が苦しかったのは、あの時と同じだったから。

もしかしたらこれが最後だと感じていながら、あの時も今回も僕は土方さんに何も言えなかった。

ありがとうも、さようならも。

恋心どころか、ずっと抱えてきた素直な気持ちを真っ直ぐに伝えることが出来なかった。

その晴れぬ後悔を、また僕は背負うことになったのだから。



鳴ることのない携帯を握り締めて泣いたその日、耐え難い孤独を改めて思い知った。



―――

次がラスト!


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