この時代と繋がる―玖―
それからと言うもの、戦は激しくなっていく一方だった。
四月に入ってからは連絡もなく、常に無事を祈ることしか出来ない。
もしかして…と考えてはパソコンに手を伸ばし、土方さんの生涯について検索しようとして首を横に振る、の繰り返し。
終いにはとにかく視界に入れないようにしようと、電源を抜いて押し入れの隅の方に封印する始末だった。
だからこそ、携帯から音楽が流れてきた時にはもう何も手がつけられなかった。
慌てて通話ボタンを押して耳に宛て、相手の様子を探る。
「…も、もしもし」
『うわぁっ!凄い!』
「……え」
聴こえてきた声が、いつもと違う。
て言うか、喋り方も…。
「…えーっと」
『こんにちは、僕は土方君の仲間の大鳥圭介です』
「大鳥って…あ」
名前に覚えがあって、暫くして思い出す。
確か、幕府の人だ。
何とか隊って組織の隊長だった筈。
「…僕は、沖田総司…です」
素直に名を名乗って良いものか悩んだものの、咄嗟には何も思い付かず結局は正直に告げた。
もしかしたら、土方さんは誰かにこの携帯のことを話しているかもしれない。
そしてそれが、大鳥さんだったのかも。
そう予測して、そしてそれは正しかった。
『このからくりのことは聞いてるよ。それから君のことも。今土方君は色々忙しくてね、彼から預かったんだ』
「そう、なんですか…」
良かった、土方さんはまだ無事だった。
『それでね…。君に話したいことがあって…』
「…?」
『どうして、土方君がこれを僕に預けたか…君はわかる?』
そんなことを唐突に言われても、戦場には持っていけないからだとか考え付いて、学校じゃないんだからと首を振る。
『…土方君はね、多分…死ぬ気、なんだ』
「…え」
『戦うことしか考えてない、そういう顔をしてる』
そう、土方さんは何かをやる時にはそれだけを考えていた。
近藤さんを支える時も、そして新選組を存続させようとしていた時も。
「だけど、まさか死のうだなんて…」
『死のうとしてる訳じゃないかな。言い方を変えれば、生きる気がない』
「どうして」
近藤さんが死んでしまったから?
仲間を失ったから?
でも、『新選組』はまだ生きてる。
『それはわからないけど…。ただこの間、彼は自分の小姓に色々預けて箱館から逃がしてた』
「土方さんが…」
『多分、故郷に行かせたんだよ。…そして、このからくり』
「…何ですか」
『きっと、いつ死んでもいいようにって…』
「…や、止めて下さい!土方さんが死ぬ話なんて、聞きたくない!」
大鳥さんに当たったって仕方がないのはわかっているけど、それでも収まりがつかない。
多分大鳥さんの予想が十中八九で当たっていることが、痛いほどよくわかっていたから。
土方さんの故郷…日野には、凄く仲の良い家族がいるから。
その人たちに手紙を書いたり、遺品を届けさせたりすることは容易に想像出来る。
『土方君のことは、僕も死なせたくないんだ。彼が有能だからとか、それだけじゃなく…。…仲間として。だから、君からも止めて欲しいと思って。それが僕のお願い』
「………」
『僕は今まで、散々言ってきたけど…聞いてはくれない。新選組の仲間もそれ以外の仲間も、遠回しにでもちゃんと伝えてる。けれど考えを変えるつもりはないみたい』
僕はずっと訊けなかった。
みんなはどうしてる、とか。
今貴方の傍にあの頃の仲間は何人いますか、とか。
けれど例え訊いたり調べたりしなくても、わかってしまったんだ。
どんな経緯があったにしろ、あの時からの仲間は…もういない。
だって土方さんなら、笑いながら教えてくれた筈だ。
新八が、原田が、斎藤が…って。
近藤さんも僕もいなくなっても戦わなきゃならなかった土方さんに残されたものは、あの頃のみんなじゃなかった。
たった一人で生きて戦っている感覚を持ち続けている理由が、僕にも痛いほどわかる。
「どうして僕は、あの人を置いていってしまったんだろう…」
無理にでも、しがみついて行けば良かった。
例え身体が動かなくても、戦うことが出来なくても。
先に違う場所に行ったみんなのところへ行きたいと願う土方さんに、掛けられる言葉は見つからない。
「…僕には、出来ません…。だって僕は…」
あの人を独りにした、最初の人間なんだから。
死んで欲しくない、生きていて欲しい。
そう思う気持ちは今も変わらない。
でもちょっとだけ思うことがある。
土方さんを、解放してあげたい。
楽にしてあげたい、と。
生きていることが辛いなら、そうさせてあげたい…と。
僕は今日初めて土方さんの名をパソコンに打ち込み、検索した。
五月十一日。
土方さんは、仲間の元へ走り出し…そして死ぬ。
―――
記憶を戻したことによっての考えの変化について。
[ 12/21 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]