この時代と繋がる―捌―
3月の終わり。
それからも何度か続いた電話のやり取りが途絶え、久しく。
突然僕の携帯が着信を知らせた。
相手は誰だか容易に想像出来て一瞬とるべきか悩んだものの、それでも結局声が聴きたいという至極単純な理由で通話ボタンを押した。
「…もしもし」
『…あぁ…』
土方さんは、決してもしもしとは言わない。
決まっていつも言うのは僕の方で、当然今日もそうだった。
だから最初に聴こえてきた掠れたような、それでいて力のない声音に反応が遅れた。
「…ど、どうしたんですか…?」
『あぁ…いや』
歯切れが悪い答え方が土方さんらしくなく、やっぱりどこか疲れを感じさせる。
そして更に、僕が最近危惧していた『春になれば戦が始まる』という事実を現実のものと認識させられた。
「…戦、始まったんですか?」
『…あぁ』
「そう、ですか…」
『………』
かけてきたのに、会話が続かない。
話したくても話せないのか、もしくは話すほどの気力もないのか。
続く沈黙に、嫌でも自分が抱えた現実が頭に浮かぶ。
もういっそ、軽い感じで言ってしまおうか。
色々考えてみたものの特に妙案が思い付くこともなく、結局は沈黙に堪えられなくなってきてとりあえず声を上げた。
「土方さん…あの」
『…負けた。仲間も死んだ』
「…え?」
突然告げられたそれに、頭が付いていかない。
『俺は、見棄てたんだ…。彼奴を』
「土方さん…」
『先頭切って、武士らしく闘った彼奴を。時間がないから、他の奴が危ないからと…まだ向こうにいたのに、俺は…』
無念さと悔しさ。
沸き上がる感情を抑えているせいか、土方さんの声は震えていた。
「その人のこと、教えて貰えますか…?」
『…名は、野村利三郎。新選組の隊士だ』
不思議と、名を聞く前と後では死というもののリアルさが全く違う。
過去に野村利三郎という人は確実にいて、そして戦で死んでしまった。
そして僕の脳裏に浮かぶのは、無邪気に仲間と笑いあう『彼の顔』。
『野村は、近藤さんが捕まった時に同行して一緒に捕らえられたんだ。そして、解放されてからも戦うことを止めずに俺たちの元に駆けつけてくれた』
それは、僕が知らない話。
『捕らえられた彼奴ともう一人、相馬主計ってのがいるんだが…そいつらが助かったのは、近藤さんの口利きがあったかららしい』
「近藤さんが…」
如何にもあの人らしい。
最期まで、自分のことより人のこと。
自分を慕ってくれる人は何があっても、守る…そういう人だった。
『仙台で二人に再会した時、思ったんだ。近藤さんが、寄越したのかってな』
土方さんは強情で怒りっぽくて、でも誰より寂しがり屋だった。
それを、近藤さんも知っていたから。
「そうかも、しれないですね…」
『それなのに、見殺しにしちまった…』
寂しがり屋で、そして誰より優しい。
そういう人だったから、好きになった。
最初に覚えた、スカした態度への反発心や近藤さんの隣にいたことへの嫉妬心も消え去るくらい、傍にいて支えになりたいという思いの方が強くなった。
そうやって、土方さんという人がこの世で唯一人の思慕の相手になった。
「…ねぇ、土方さん。僕はね、多分土方さんの為なら死ねますよ」
何とかその心を解放したいと願った故に出てきたのは、あの時代の『僕』がずっと思ってきたこと。
『何、言ってやがる』
「戦場でも…布団の上でも。きっと皆、そう思って戦ってる」
『………』
不思議と、近藤さんも土方さんもそういう考えを持たせる雰囲気が、昔からあった。
僕が離脱した後の新選組や土方さんの様子を知る術はもうないけど、きっと土方さんを慕っているだろう人たちが沢山いることは容易に想像出来る。
「だから、土方さんは前を向いて戦って下さい。…それが、貴方の役目なんだから」
『役目…か。全く、本当に彼奴に言われてるみたいだな…』
「…そりゃそうですよ。だって僕は…沖田総司、なんですから…」
告げたのは、曖昧だけど本当の事実。
例え土方さんにはわからなくても、もうそれでも良かった。
こうして電話を介してでも、僕が知らなかった頃の土方さんと話が出来たんだから。
『そうか…そうだな。…悪い、こんな話しちまって』
「そうですよ」
口ではそう言いながら、首は横に振る。
弱音を吐いてくれることの、何が悪いって言うのか。
むしろ嬉しいくらいだ。
『ありがとな。…また、連絡する』
「…はい」
僕にこうやって礼を述べるなんて昔じゃあんまり考えられなくて、少しこそばゆい。
沢山の戦と別れがあって、土方さんの中にも変わらないものと変わったものがあったのか。
それともやっぱり、僕を『沖田総司』と認識していないからか。
土方さんが無事なら、もう何でも良かった。
―――
他者も出したい
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