この時代と繋がる―漆―
僕は、幕末の剣士…新選組の、沖田総司。
朝起きて、いつも通り稽古をこなし、朝餉の時間になればみんなの顔を見ながら食事した。
近藤さんは山南さんと何やら難しい話をしていて、平助と新八さんと左之さんはやっぱり馬鹿みたいなことで笑って、はじめ君は黙々と箸を動かしている。
そして土方さんは、相変わらず顔を見せていなかった。
「…土方さん、また?」
隣に座っていたはじめ君に尋ねれば、こくりと一つ頷く。
「最近、とても忙しくされているようだ」
「ふーん…」
面白くない。
あの人がいないと、一日が全く違うものになる。
それに、仕事ばかりしていてはあの人の身体だって辛いだろう。
「…行ってみようかな…」
「また、邪魔をしに行くのか」
呆れたような声音で言われても、そんな方法じゃなきゃあの人の意志を曲げられないのだから仕方がない。
「僕は、はじめ君みたいに大人しく書類と睨めっこは出来ないからね」
隣から溜め息が聴こえてきたような気がしたけど、それでも僕は土方さんの為に午後を使おうと決めた。
「いい加減にしやがれ!」
「嫌ですよ〜」
土方さんの句集を持って屯所内を走り回れば、それを律儀にも追いかけてくれる。
そんなに他者に見られたくないものかと思うのだが、出来の良さに自身がないらしい土方さんは毎回こうやって必死に奪い返そうと走る。
だからこの方法が一番文机から引き剥がすには手っ取り早く、しかも確実だった。
「…くそっ…!」
そしていつも、日頃の過労の積み重ねのせいかこの追いかけっこの終わりは、案外早く訪れる。
力尽きた土方さんは走るのを止め、近くの柱に手をついて肩で息をしていた。
その様子を見て、僕も逃げるのを止めて土方さんに近づく。
「大丈夫ですかー?もう歳ですかね」
「…はぁ、はぁ…う、うるせぇ…」
「歳じゃないっていうなら、いつも部屋に引き籠ってるから体力が落ちたんですよ」
「………」
最早ぐうの音も出ないのか、黙って僕を睨み付ける瞳の下にくっきりと浮かぶ、染料を塗ったような隈。
それを見ただけで、胸が痛む。
例え僕らや近藤さんの為だからと言っても、この人がこんなになるまで頑張ることを誰が望むのか。
何でそんな簡単なことがわからないのか、痛む胸とは裏腹に苛々が募っていく。
「…そんなんじゃ、いつかどっかで誰かに斬られますよ」
「…うるせぇな。例え俺が斬られても、おめぇには関係ねぇだろう」
「関係ない訳ないでしょう!?貴方は…貴方は!」
関係ない筈がない。
僕は土方さんが…好きなんだから。
「貴方は…この新選組の、副長なんだから」
結局僕は、本心を告げることが出来なかった。
誰より土方さんの近くにいて、幾ら怒らせても受け入れて貰える今のこの位置を、手放す勇気が無かったから。
「…副長、か…」
死ぬその瞬間まで、この想いは胸の中に仕舞い込んで生きていく。
そう堅く決意して、そして遵守した。
だから僕は、僕たちは…恋仲ではなかった。
病で倒れ、最終的には傍にいることも叶わずにその生を終えても、僕は土方さんの行方も知らぬまま、ただその気持ちだけを抱え続けた。
目が覚めて一番に、潤んだ目元を拭う。
「…土方さん…」
そう…そうだ。
僕は、『沖田総司』は土方さんが好きだった。
けれどその想いを叶えることが出来ぬまま、土方さんがいた場所とはかけ離れた地で死んだ。
「…っ、こんな記憶…思い出したく、なかった…!」
これじゃあ益々、土方さんの未来にがんじ絡めになってしまう。
伝えてはいけないとわかっているけど、それはまた自分に嘘を吐いていくということになる。
「僕は…」
その日、僕はいつものように携帯を手に取ることが出来なかった。
そして、土方さんからの連絡も来ることはなかった。
―――
そろそろ再開です
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