この時代と繋がる―陸―
もう何度目になったかわからない位になった頃、僕は初めて土方さんから『沖田総司』の話を聞いた。
『彼奴は…そりゃもう、すげぇの一言だよ』
幕末の名だたる剣豪の中でも、その名はきっと上位にある。
それくらいの凄腕だったその人は、やっぱり子供の頃から凄かったらしい。
『近藤さんの道場に預けられて暫く、兄弟子らに色々やられてたんだが…。それもまだ小せぇガキだった頃に正式な場で見返したらしい』
「へぇ…」
『あっという間に塾頭になっちまった。彼奴は多摩…いや、江戸でも一番だったかもしれねぇな』
『沖田総司』を語る土方さんの声は揚々としていて、いつもより饒舌だった。
まるで自分のことのように誇らしげにしていて、何だか微笑ましい。
そして何故か、僕のことじゃないのに少しむず痒かった。
「どんな…人、だったんですか?」
『そうだな…一言で言えば、永遠のガキ』
「…え」
『やたら突っかかってくるわ、悪戯は絶えねぇわ、稽古はしねぇわ…あと、人に教えんのが下手くそ』
「………」
人物像が、剣の腕以外は全てダメな人に成り下がる。
しかも何となく、自分と似通ったところがあるような気がしてしまった。
唯一の救いは、そんな風に言いつつも相変わらず楽しそうな声音で続ける土方さんだけ。
そして最後には穏やかに、
『…それでも、一緒にいて楽な奴だったよ』
そう呟いた土方さんは昔のことでも思い出してしまったのか、暫く黙ってしまった。
『沖田総司』の末路がわかるだけに、その手の話は流石に聞くことは出来ない。
土方さんにとって、彼がどれほど大切だったのか…。
しかもその大切だった仲間と、どれだけの想いを抱いて別れたのか…。
「…仲間」
その一言が、妙にひっかかった。
辛かっただろうと想像も出来ない土方さんの心中を思いながら、けれどそこに行き着いたことに心がざわつく。
果たして彼は、土方さんとは本当に仲間だったのか。
いや、そうじゃない。
仲間…本当に、それだけだったんだろうか。
『沖田総司』のことなんて、ましてや二人の間柄なんて何一つ知らない筈なのに、気がついたら邪推していた。
しかも何故か、そう考えてしまっても沸き上がる筈の嫉妬心なんてつゆも感じない。
それならこの感情は偽物だったのか…。
じゃあこの、ひどく懐かしい感じは何なんだ…?
土方さんが『沖田総司』を語ることで感じる、この温かい気持ちは…。
ぐるぐると考えてみてもどうにもならず、互いに声を出さないだけの妙な通話時間が過ぎていく。
そしてふと思うのだ。
もし、この世に輪廻転生なんてものが本当に存在するのなら、僕はもしかしたら…と。
けれどもしそうだとしたら、前世と同じ名前で生まれ変わるなんて、どう考えても可笑しすぎる。
そんな偶然、きっと存在する筈がない。
そんな風に思いつつも、やっぱり何処かでもしかしたら…と続いてしまう。
僕は、一体何者なんだろう。
『…総司はな』
何も掴めないままただ止めどなく混乱する僕にやっと口を開いた土方さんは、落ち着いた声で『沖田総司』の話を再開した。
『総司は、剣の腕じゃ誰にも負けなかったのに、病に負けちまった』
「それは、知ってます。結核…肺の病気だって」
『そうだ。一度なっちまったら、静養以外じゃ治らねぇ死の病。だが彼奴は、俺たちと一緒に戦う道を選んだ』
残念ながら、その死病は今なら完治出来るものだというのも知っている。
流石にそれを口に出来る勇気は無かったけれど。
『…せめて、戦場で死なせてやりたかった』
「何処で…亡くなったんですか?」
『江戸だよ。俺たちはその頃、宇都宮から会津まで行ってた』
つまり、遂には戦えなくなってしまった彼は江戸で仲間とは別に過ごし、土方さんとも逢えぬまま亡くなってしまったのか。
「寂しかった…かな、やっぱり」
『…そうだな』
いや、きっとそれだけじゃない。
沢山沸き起こる寂しさの中で、死ぬ間際には安堵もしていた。
やっとこれで…あの人の元へ行ける、と。
「…っ」
頭の中に浮かぶ、『僕じゃない僕』の記憶と想い。
「…ぼく、は…」
『総司…?』
「土方さん…僕は」
やっぱりそうなのだと、改めて再認識させられた。
これは想像でも妄想でもなく、世の中的にはあり得ない…同姓同名のまま転生した、ということを今まさに確信してしまった。
そして同時に、この事実を土方さんに告げるべきかを悩む羽目になる。
「僕…僕は」
『どうしたんだよ。何かあったのか…?』
聴こえてくる戸惑いの声の主は、果たしてどっちの答えを望むのか。
「…土方さんは、沖田…さんに逢いたいですか?」
『…え?あ…まぁ、そうだな…。また、逢えるってんなら…』
遠回しに問うてみても、まだ答えを導き出すことが出来なかった。
―――
土方さんとの絆は絶対です
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