見えないそれが追い詰める



総司と密約を交わしてから数日後のある日。
俺は巡察帰りの斎藤と逢った。

特に何か遭った訳でもない様子だったので、土方さんへの報告前である様子の斎藤に話し掛ける。
これに、大した意味なんて無かった。

…この時点では。



確かに総司と手を組む約束はしたというものの、実際は具体的に何をすればいいのかだなんてそんなに直ぐに浮かぶものではない。
それこそ、急いて無理矢理間に入ったところで心を奪うことまでは出来ないし、何より俺だって斎藤を誰より大切に思ってるつもりだ。
無体なことはしたくないし、総司だって無理に何かして土方さんに嫌われるのは本意では無いはずだ。

ゆっくりと、穏便に。

何かをやるんだとしたら、これを守らなけりゃ無理だ。

「…斎藤」

すれ違う間際に、未だ羽織り姿の斎藤を呼び止めた。
見た感じで直ぐに、斎藤が時間を気にしているのがわかる。
他の人間に比べれば感情や心情が表に出るのは僅かで捉えにくいが、俺にはわかった。

そわそわしてどこか落ち着かないのを目の端に押さえながら、態とらしく問う。

「何だ、急いでんのか?」
「…あ、あぁ…いや…」

斎藤と土方さんが、二人の仲を周囲には黙ったままでいくというつもりであることは総司から聞いて知っていた。
だから斎藤が、急ぐ理由に土方さんがあるのなら上手くかわせないこともわかっていた。
しどろもどろに困った顔をする斎藤に悪いと思いつつも、結局俺は斎藤を土方さんに逢わせたくないと思っている。

この際、総司との密約なんて関係無かった。

「…何の用だ」
「何だよ、俺と話すのそんなに嫌なのか?」
「そうじゃない。ただ…」
「…ただ?」
「……いや、何でもない」

言いたくても言えない。

普通だったら、別に副長に呼ばれているからだとか、早く報告したいからだとか幾らでも言ってしまえるのに、上司と部下という関係どころか仲間以上の間柄になってしまっている上、周囲には黙っているだなんてなれば後ろめたい気持ちが芽生えて簡単には言えなくなる。
それに大方、逢う約束などは最初からしていないのだろう。

暗黙の了解、そんなのがいいところだ。

思わぬ絆を見せつけられて、簡単には離してやりたくなくなる。

「今巡察が終わったところなんだろ?なぁ、この後空いてるか?」
「…え?」
「いや、最近出来た美味いって評判の甘味の店に行ってみたいんだが、一人で行くのもあれだからさ」

…そんな店、知らない。

斎藤が何とかして断ろうとしてくるのがわかっていたから、出任せを言ってみたに過ぎない。
案の定、斎藤は困った顔をして謝ってきた。

「すまない、今日は…。また、次の機会にしてくれないか」

別に、誘いを断ったくらいでそんなに申し訳なさそうに眉を下げなくたっていいのに。
そういう律儀なところがまた可愛くて、ますます気持ちが強くなっちまう。

「そうか…なら、明日は確か非番だろ?午後でいいから付き合えよ」
「え…?あ、あぁ…わかった」
「…約束だぞ?」

駄目元で言ってみれば、こくんと頷かれる。
きっと勢いに負けてのことだろうが、それでも構わなかった。

まさに、瓢箪から駒というやつだ。
今から明日の午後が楽しみになってしまって、子供みたいに喜んでいる自分が馬鹿みたいだった。

そう、馬鹿だったんだ俺は。

斎藤が頷いたのは、ただ単に早く話を切り上げたかったから。
早く、土方さんに逢いに行きたかったから。

「もういいか」

そう言ってあっさりと俺から目を離し、急ぎ足で去っていく後ろ姿を目にした瞬間に夢が醒めた。

二人でいられることは、斎藤にとっては大した意味ではない。
どんなに俺が喜んだところで、斎藤は同僚と、良くて仲間と遊びに行くくらいの感覚でしかない。

ちょっと前まではそれでもいいと思っていた筈なのに、今は違う。

斎藤の中では変わらず土方さんが一番で、俺は二番目でもなければ新八や平助、近藤さんたちと同じ。
土方さんとは、同じ土俵にすら上がってはいなかった。

廊下のど真ん中で立ち竦み、俺はどれほど自分が愚かなのかを知った。

もう怖じ気ずくような時間も、温情を与える余裕もとっくに無いのだと自覚した瞬間、俺は総司の部屋に向かって歩き出していた。

本気で、斎藤を手に入れる為に。





「総司、俺だ」

総司の部屋の前まで来て、何度か声を掛けても反応が無かった。
しかし中からはしっかりと人の気配があったので、もしかしたら寝ているのかもしれないと思い今は止めておこうかと悩む。

そのまま部屋の前で考え込んで少し、何だか変な胸騒ぎがして襖に手をかけ、引いた。

「そう、じ…?」

何のことはない、総司はちゃんと起きていた。

…しかし。

「…どうした、総司?」

部屋に置かれた机の上にある刀を持ったまま、総司は微動だにしない。
何だか怖くなって総司の前に回って顔を覗けば、虚ろな瞳がただ刀だけを見ていた。

「総司、総司!」

何度か呼びかけて肩を揺すって、しかし視線は動くことはなく口だけが微かに動いて言葉を成した。

それは、総司の抱えた禁忌の闇。



「…僕、斎藤君を殺します」





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