本当に欲しいのはそれじゃないのに


今日は何日か振りに、土方さんの非番の日。
勤勉なあの人は、一応は設定されていたこういう日までいつもと変わらず仕事をする。
でも最近は、近藤さんの必死の説得もあってかいつもよりは抱え込まずに隙も作ってはいるみたいだった。

そんな珍しい日に、一人庭に佇む姿を見れば気分も良くなるものだ。

だって僕は知っていたから。

土方さんが、隙を見つけて庭の草木花を見つめながらやることなんて、昔から一つしかない。

「ひ〜じか〜たさん?また発句ですか?精が出ますね」

真後ろからわざと気配を消して近づき、間際になって声をかける。
割と直ぐに口を開いたのは、後ろから手元を覗いても、まだそれに何も書かれていなかったからだ。
一文字も無ければからかいようが無い。

「てめぇは、いい加減に処構わず気配を消すのは止めろ。心臓に悪い」

この人の口調は荒く、言葉もそれだけで聞けば相手には怒っていると伝わるだろう。
下の隊士たちが土方さんを鬼として恐れる所以は、多分それも大いに関係していると思う。

しかし実際は、慣れてしまえば本気か平常かが簡単にわかる。

眉を寄せてのそれは呆れ口調で、でも決して見捨てられないのがこの人の性分。

僕は生まれてこの方色んな人と出逢ってきたけど、こんなに優しい人を他には知らない。

「土方さんこそ、いい加減自分の才能に限界を感じませんか?いっそのこと、本気で誰かに習ったらいいのに」
「うるせぇよ。言っただろ、俺は自分がどんだけ下手かとっくにわかってる。これは趣味でしか無いんだから、習うなんて真似する必要ねぇんだよ」

いい歳をして、ブスッと機嫌悪く返してくるとこが可愛くて、ついついいつも要らぬことが口をついて出てしまう。

…これのせいで、僕は土方さんの一番になれなかった…?

そう思うことが、最近は多かった。

余りにも、斎藤君が素直過ぎたから。

「…僕も、始めようかなぁ…」
「…はぁ?」
「俳句。…短歌でもいいですけど」

同じ趣味を持てば、それを口実に今よりもっと近づけるかもしれない。
それに、そういうものに胸に収まりきらない感情を現してみてもいいかもしれない。

そんなことを考えて、半ば無意識に口から飛び出していた。

「…止めとけ。俺のこと貶せなくなるぞ」
「別にいいですよ?どうせ直ぐに追い越しちゃいますから」
「…言ってろよ」

もっとずっと、こんな風に他愛ない話で笑っていたかった。
一番土方さんの近くで、一番土方さんに愛されて。

しかし土方さんは残酷に、高揚させた僕の胸を一気に簡単に押し潰してくれる。

「…それにしても、斎藤のやつ遅いな…。巡察ももう終わってる筈なんだが…」

今隣にいるのは僕なのに、土方さんは別の人のことを考えている。

少し手を伸ばせば触れられる位置にいて、その腕を取って言ってしまいたかった。

…斎藤君なんて忘れて、僕だけ見てよ。

「…土方さん…」
「何だよ」
「……っ、さ…」
「…ん?やっと戻ってきたみたいだな」

口に出す前に、僕になんて興味の無いらしい土方さんはあっという間に意識を、現れた斎藤君に向けてしまった。

また、言い知れぬ黒いものが自分の中に湧き上がるのを感じる。

「…土方さん」
「…ん?」

斎藤君の姿を見ただけで、さっきまでの怠そうな態度から一変して雰囲気まで柔らかくなる。

そんなに、僕となんかいたくない…?

「僕、もう行きますね」
「…あぁ」
「………………僕、いつか法度を犯しちゃうかもしれません……」

引き止めてもくれないことにはもう、傷つかない。
そのまま土方さんとすれ違う時、代わりに今浮かぶ最も危険な感情を口にして、それに対しての反応もろくに確認しないままその場を離れた。

「…総司…?」

この時やっと、土方さんが本気で僕を見てくれたことなど知らずに。





自室に戻って、座り込んで膝を抱える。
どんなに苦しくても辛くても、涙なんかもう出てこなかった。
そんなもの今まで死ぬほど出してきたから。
その代わり出てくるものは、ついさっきからずっと胸に巣くっている黒い、名前がわからないもの。

斎藤君が邪魔なんだ。
いなくなって欲しい。
あの人の傍にはいないで欲しい。

…消してしまいたい。

室内にある、自分の刀に目がいく。
いつ、自分がそれを取るかわからない。
刃を、仲間に向けるかわからない。

そんなことを思う自分を、初めて怖いと思った。

「…んで、斎藤君なの…。何で、僕じゃ駄目なの…」

本当は、告白した時に口に出して言えば良かった言葉。
今更言ったって仕方がないのに、女々しくグチグチ言ってしまう。

…誰か、助けて欲しい。

こんなに苦しいのなら、いっそのことやっぱり斎藤君を殺って土方さんに首を斬られてしまおうか。
遺書でも書いて置いて、髪の一房でも土方さんの傍に置いて貰えたらそれもいいかもしれない。

どんなに酷いことを考えているかなんて自分でもわかっているけど仕方ない、それが僕っていう人間なんだから。

悲鳴を上げる胸を押さえながら、僕は刀を一筋の希望の光とでもいうように、必死にそれに手を伸ばした。





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