頭抱えて何が悪い


―――左之さん、土方さんから斎藤君を奪っちゃってよ―――。



人並み以上の整った顔立ちが、無表情から冷たい笑みに変わった瞬間。
人間は、ここまでの表情を出来るものなのだと初めて知った。

あの時の総司の顔を、俺は一生忘れないだろう…。





「…はぁ」

黙ってあの場所から立ち去った…いや、逃げ出した俺は、自室に戻って頭を抱える羽目になった。

あの台詞を口にしなければならない程、アイツは追い詰められていたんだろうか。
そして俺も…アイツの台詞に一瞬心が揺らぐ程、崖っぷちに立たされていたんだろうか。

あの時の俺と総司の心情を思えば、頭の一つや二つ抱えるのは普通のことだろう。

結局俺は黙ってあの場を去り、総司もそれ以上何も口にはしなかったので、あの言葉がこれから一体どうなるかはわからない。
総司だってまさか本気ではない…そう思いたかった。

…ならば、もし本気だったら?

そうしたら、俺はどうするのだろう。

土方さんと斎藤の仲を削いで、果たして俺たちは幸せになれるのか。
しかし俺の中には確実に、斎藤を得る為なら何でもしたい…そんな非情も持ち合わせていた。

「…あぁ〜、くそっ!」

頭を抱えていた手を、そのまま髪を掻き毟るように動かす。

斎藤が欲しい。
総司を諫めろ。

結果としてはかなり極端な答えに悩む。
悩んでいる時点で、俺は自分を最低な奴だと思った。





夕刻になって、飯を取る為に広間に向かう。
そこにはもちろん、近藤さんや土方さん、山南さん以外の幹部が勢揃いしており、ここであの時以来初めて総司と会った。

夕餉の間、向かいに座った俺は真ん前に座る総司の顔をジッと見つめていたが、始終目が合うことはなかった。
何故なら総司は、俺の隣に座る斎藤の顔だけを見つめていたから。
…いや、見つめているなんて可愛らしいもんじゃない。
あれは、睨んでいると言うべきだろう。

実際、斎藤も困ったように眉を動かし、今までにないほどたじろいでいるようだった。
しかし斎藤も、そんな状態に黙って甘んじているような性格はしていない。

「…総司。さっきから一体何なんだ。人のことを睨んでばかり…飯が不味くなるだろう」
「…別に」
「ならば睨むな」
「……関係ないでしょ、斎藤君には」
「あるだろう!俺は不愉快だ!」

普段声を荒げたりしない斎藤が、余程頭に来たのか場の空気など考えずに意見した。
その時から俺も、きっと他の奴も心中ヤバいを浮かべていただろう。
ただ一人、当事者である総司を除いて。

斎藤からの怒りを真っ正面から受けていながら総司は眉一つ動かさず、さらにはいつもの人を食った笑みすら顔に浮かべずにただひたすら無表情。
斎藤も怒りを顔に出す質ではないので、余計に場の空気は氷のように冷たく感じた。

「お、おい…斎藤も総司も、そこら辺にしとけよ。総司もそんな風に睨むな。斎藤もあんま気にすんな。飯食う時くらい楽しく食おうぜ、な?」

さすがにこのままではマズい。
そう思って致し方なく、二人の間に割って入る。
しかし帰ってきたのは、総司の冷ややかな眼差しと斎藤の大きい溜め息だった。
まるで、俺自身が何か悪いことでもしたんじゃないかと言わんばかりの扱いに、それこそこっちが溜め息を吐くなり文句を言いたいくらいだ。

そうしてそのまま、この面子にしては非常に珍しい冷え切った空気が漂った広間の中で、いつもよりも味気ない食事の時間が過ぎていった。



新八、平助、源さん、斎藤…と、次々に部屋に戻っていき、俺も部屋に帰ろうと立ち上がる。
しかし相変わらず向かいで座ったままの総司の、俺を追う視線に否応にも気づかされてしまえば、そのまま黙って去ることも出来ない。

「…何だよ。今度の標的は俺か?」

半ば冗談めいたように笑いながら問えば、総司は一切笑わないどころか変わらずの無表情のまま、俺を責めるような台詞を吐く。

「…左之さんって、男らしいと思ってたけど意外と気が小さいんですね」
「はぁ?何だよそれ…」
「言いましたよね?斎藤君を奪ってって」

どうやら、総司は本気だったらしい。
と言うより、きっと最初はつい口を吐いただけのものだったのが、斎藤を前にして堪えきれなくなったのかもしれない。

どっちにしても、俺は総司を止めるべきだろう…人として。

「あのなぁ…。俺たちの勝手な想いで、想い合って幸せ真っ最中の二人の邪魔は出来ないだろう?そんな権利、俺たちには無い筈だ」

しかしそんな建て前、総司にはすっかりお見通しだったらしい。
如何にも腹立たしそうに、さらに言い募ってきた。

「そんな表面だけの常識なんて、聞きたくないんですけど。斎藤君が好きな左之さんとして、同じことが言えますか?引き離して傷つくなら、左之さんがそれ以上に斎藤君を幸せにしてあげればいいじゃないですか。それとも、土方さんよりも幸せにする自信が左之さんには無いのかな」
「………」

最後の方はもう、吐き捨てるというのが当てはまるような口振りだった。

斎藤のことが嫌いだとはっきり言った口がそんなことを言ってのけ、しかしさっきまでの無表情は哀しく歪む…そんな風に見えたのは俺の気のせいだったのだろうか。

どっちみち、総司にそこまで言われてしまえば俺もどうしようもない。
常識だとか温情だとか、そんなぬるま湯の中にひた隠す本心を暴かれてしまい、取り繕うことももちろん、総司の心情まで気にしている余裕は今の俺には無かった。

「…それなら、やってみるか。俺は斎藤を、お前は土方さんを手に入れる。その為に…俺たちは手を組む。それでいいんだな」
「………うん」

後で考えれば、何とも馬鹿みたいな取引だった。
総司の煽るような挑発に乗ってしまい、冷静さを欠いた頭では総司のことも俺自身のことも止めることなど出来ず、してはならない約束を…後には退けない契約を交わしてしまった。

「…後悔すんなよ」
「しませんよ」

…後悔なんて、するに決まっていたのに。





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