壊れた想い



最近の斎藤は、本当に嬉しそうだ。
初めて逢ってから何年も経つが、あいつのあんな幸せそうな顔は初めて見たと言っていい。

…そりゃそうか。

何せその年数分溜め込んできた想いを、やっと叶えることが出来たんだから。

…だけど皮肉なもんだ。

あいつの積年の願いが叶った時、同時に俺の想いは儚く散った。

だから、あいつらのことを素直に祝福出来ないのはきっと、人間としては仕方がないだろう…?





「新八ー!次の店行くぞ!」
「おいおい…幾ら何でも飲み過ぎだって。お前、今日は変だぞ?」

ガシッと親友の首に腕を回して強引に引っ張れば、奴は必死にもがいて抵抗する。
今日は俺が先に酔ってるからか、いつもは泥酔している頃合いなのに今の新八は全く酔っていないらしかった。

…いつもだったらお前が俺に同じことしてる癖に。

俺だけが馬鹿みたいに酔っていることと、ノリの悪い親友の反応が苛立ちを煽る。

「んだよぉ…。お前だって全然酔えてねぇだろう?おら、早く行くぞ!」
「う゛…もう帰りてぇんだけど…」

嫌そうな声を絞り出す新八のことなど全く気にも留めずに、俺は奴の身体を引っ張った。





そのまま何軒か梯子して、明け方に屯所に着いた。
あれから新八は俺の勧めでグビグビと呑んだが、幾ら呷っても全く酔うことは無かった。
逆に俺はいつも以上に酔い潰れ、新八がいなかったらこの時間に屯所に帰ることも出来ずにそこら辺でぶっ倒れていたかもしれない。
しかし悲しいことに、どれだけ呑んでも意識だけはしっかりとあり続け、自室に向かう道中もどこかぼんやりとしながらヨタヨタと自立歩行をしていた。

「じゃあな。ちゃんと部屋で寝ろよ」
「…あぁ」

無事屯所に着いたこともあってか、新八は眠そうに欠伸をしながら自分の部屋へと向かっていった。
その後ろ姿をユラユラ揺れる視界の中で見送って、やがて自分も足を踏み出す。
しかしその歩みは、角を曲がった先…玄関と俺の部屋の間にある斎藤の部屋の前を目前にして止まった。

「…あれは、斎藤…と、土方さん…」

小声で何やら喋っているようだったが、僅かに空いた距離と声の小ささから中身までは聞き取れなかった。

だが、問題はそこじゃない。

二人は、端から見てもかなり仲睦まじく見えた。
土方さんはいつも使う上掛けを薄着の斎藤の肩に掛けてやり、斎藤は頬を染めて嬉しそうに好意を受け取る。
しかもほんのり赤くなったその頬を優しく指の背でさすられて、くすぐったそうに首を竦めながら…それでも気持ちよさそうに頬を寄せていた。

「………」

ずっと知っていた、斎藤の想い。
その願いは、遂に想い人に届いたのか。

そんなこと、最近のあいつを見ていれば嫌でもわかった。
それでも俺は受け入れたくなかった…信じたくなかったのだ。

しかしその…認めたくない事実が、そこにはあった。

踵を返した俺は、頭を冷やす為に道場に向かう。

これ以上、二人の世界を見たくは無かったから。





それからずっと、非番だったのを良いことに部屋に籠もって布団を被って寝て過ごした。
酔いなど朝にすっかり覚めていたのだが、寝ようと思えば寝れるものなんだと妙に感心してしまった。
一体何時間寝たのか自分でも把握出来ないくらい爆睡した後の覚醒は、やっぱりどこかぼんやりとしていて変な浮遊感まであった。
上手く動いてくれない頭を抱えながら、気分転換でもしようと起きて部屋を出る。

暫く歩いたせいか、徐々に蘇る早朝の記憶。

「…認めなきゃ、ならねぇんだろうな…」

ずっとあいつを見てきて、その瞳が誰を追っているのかなんてかなり前から気づいていた。
叶わないだろうという自分の想いに、もし斎藤の望みが叶うことがあったならその時は祝福してやろう…そう思っていた筈なのに。
そんなもの、結局はただの偽善でしか無かった。

…好きな相手には、幸せになって欲しい…なんて。

いざその現実を目の前に突きつけられると、見事に俺は逃げ出した。

今も…胸が苦しくて仕方がなかった。



はぁ…と溜め息を吐きつつ廊下を歩いていると、曲がり角で見知った背中が小さく丸まっているのが見えた。
人のことは言えないが、デカい図体をよくここまで…と思うほど小さくして、しかしそんな冗談を言えぬほどその背中は寂しそうに映った。

「…はぁ」
「どうしたんだ、溜め息なんか吐いて」
「左之さん…」

聞こえてきた溜め息に我慢出来ずに声をかけると、伏せていた頭が上がって顔が見えた。
交わった視線の先には虚ろな翡翠が揺れ、どこか儚い。
総司も、こんな顔が出来たのかというのが最初の感想だった。

話でも聞いてやろうと隣に腰を下ろし、さっきまで総司が見ていたであろう先を見てみる。

「あぁ、斎藤か…」
「……左之さんさ」
「ん?」

一仕事を終えた後の至福の一時にでも浸っているのだろう、斎藤の後ろ姿に今朝の光景が蘇る。
それでも今は隣に総司がいるからと何とか堪えて普通を装うが、しかし次に来た不意打ちのような問いには、いくら俺でも黙るしか無かった。

「斎藤君のこと、好きだよね」
「………」

思わず呑んだ息の音など、総司にはもろバレなのだろう。
それ故に取り繕うことも出来ず、口を開くことなど叶わなかったのだ。
隣を見れば、射抜くような視線が顔中に突き刺さる。
とっくに、総司の心に入り込む為の笑みなど顔から剥がれ落ちていた。

「否定しないんだ?」
「…嘘はつけねぇからな」
「ふーん…」
「何でわかった?」
「斎藤君を見てればわかる」
「…お前も斎藤が好きなのか」
「勘違いしないで。僕は斎藤君、嫌いだし」

総司の視線は再び斎藤に、そして俺の視線も斎藤の背中を見つめていたから交じり合うことはない。

斎藤を見ていたという発言には咄嗟に気持ちを疑ったが、その後の否定には素直に頷く。

総司は…有り得ない。

そんな思いが不思議と浮かんだから。

「斎藤君ってさ、土方さんと付き合ってるんだって」
「…っ」

俺の内心などつゆ知らず、総司は勝手に話を進めていく。
聞きたくもない話を…瞳の笑わない笑みを顔満面に浮かべて。

「僕、土方さんが好きなんだよね。…だからさ」





―――左之さん、土方さんから斎藤君を奪っちゃってよ―――。





頭の中で、餓鬼が俺に囁いた。





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