馬鹿みたいなそんな話


「…ねぇ土方さん。明日って暇だったりします?」
「…いや。明日は…」
「…斎藤君?」
「あぁ」

そっかぁ。
なんて間延びした返事を返して、何でもないように取り繕う。
だって目の前で申し訳無さそうに苦笑する土方さんの顔を見ていたら、それ以上詰ったり出来ないじゃないか。
本当は、すっごく残念だったのに。

土方さんは、斎藤君と付き合っている。
そんなことも知らないまま、僕は少し前に積年の想いを告げてしまったのだ。
きっと土方さんは、少しでも僕を想ってくれている。
普段からのどことない特別扱いに自惚れて、僕はそう信じてしまったから。
けれどその時土方さんはいつものような眉を寄せる表情ではなく、眉尻を下げた困惑顔で謝ってきたのだ。

『誤解させたみたいだな…悪い』

それが果たして、土方さんの気持ちを僕が勘違いしたことを言っているのか。
それとも僕の気持ちそのものを否定したのか。
結局僕は知らず終いのまま、今日まで何事もなく過ごしてきた。

僕と土方さんの関係は相変わらずで、土方さんと斎藤君の関係も相変わらずだった。
僕はいつも通り、こうして土方さんの部屋に入り浸っている。
そして、僕は変わらず土方さんが好きだった。





「斎藤君、か…」

縁側で一人きり、茶を啜って空を眺めるその姿を遠巻きに見つめる。
小柄な体躯には想像も出来ないほど、素早くて力強い剣を扱う。
それ以上に、あの身体の中には鋼のように強い精神と、それに伴うように一途な忠誠心が宿っていた。
土方さんを見る眼には尊敬と畏怖、そして憧れと愛が溢れていた。
それに対して土方さんも、誰よりも強い信頼と庇護の眼差しで返していた。
何のことはない、気づこうとしなかっただけで最初から僕なんて特別じゃなかったんだ。
ただほんの少しだけ、付き合いが長かっただけ。
言うなら、土方さんにとっては弟くらいにしか思われてなかった。

それでも、何処にも行き場がないまま燻り続けるこの気持ちはどうすればいいんだろう。

「…はぁ」
「どうしたんだ、溜め息なんか吐いて」
「左之さん…」

膝を抱えて蹲る体勢で上から掛かった声に顔を上げれば、そこには微笑を浮かべる左之さんがいた。
左之さんは僕の脇に腰を下ろすと前を向いて、僕の溜め息の原因を見つけた。

「あぁ、斎藤か…」
「…左之さんさ」
「ん?」

自分のどうにもならない現実がどうしても嫌で、ふと心に悪戯心が湧いた。

「斎藤君のこと、好きだよね」
「………」

疑問なんかじゃない。
これはちゃんとした確信の下に告げた。
ずっと土方さんを見ていて、振られてから斎藤君を見ていて…だから気づいた。
斎藤君を見ていたのは、僕や土方さんだけじゃない。
土方さんが斎藤君を見るような眼で…僕が土方さんを見るような眼で、斎藤君を見つめるもう一つの瞳に。

いつもみたいに回りくどく遠回りしての発言じゃなく直球で投げた球に、流石の左之さんも冗談じゃないことを悟ったらしく笑みを消した。

土方さんもそうだけど、綺麗な顔をしている人は無表情だと結構怖いかも。

「否定しないんだ?」
「…嘘はつけねぇからな」
「ふーん…」
「何でわかった?」
「斎藤君を見てればわかる」
「…お前も斎藤が好きなのか」
「勘違いしないで。僕は斎藤君、嫌いだし」

立て続けに、互いの目も顔も見ないままの会話。
味気ないどころか、こんなところ他人が見たら殺伐とし過ぎてみんな退くかもしれない。
それはそうだ。
斎藤君が好きな左之さんに取っては、恋敵になる相手は排除したいに違いない。
そう思って僕の心には…餓鬼が降りた。

「斎藤君ってさ、土方さんと付き合ってるんだって」
「…っ」

実はこの事実は土方さんに口止めされていた。

…他の隊士に知られれば、俺はともかく斎藤の立場がなくなる。

それが理由だった。
あの時僕は頷いたんだけど、考えてみれば振られた僕がどうしてその約束を守らなきゃならないのか。
土方さんを奪われた…そんな気持ちを抱かせる相手を守る、そんな約束を。

それに別に言い触らすような真似をした訳でも無いのだし、これくらいの復讐をしたって罰は当たらない筈だ。
上手くいけば、これを機にあの二人を離すことも出来るかもしれない。

どうしようもない馬鹿なことを考えているとわかっていても、自分を止められない。
いずれ傷つくのは、きっと僕自身なのに。

「僕、土方さんが好きなんだよね。……だからさ」





―――左之さん、土方さんから斎藤君を奪っちゃってよ―――。





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