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僕はある人に、ある物を作って欲しいと頼んだ。
「あぁ、沖田君。頼まれていた例のもの、完成しましたよ」
山南さんが人好きのする顔で小瓶を僕に差し出した。
その透明な小瓶には、白い液体が入っている。
「へぇ、これが」
「えぇ。これを数滴口にした後、次の日目を覚ました時に目の前にいた者をその日一日恋い慕うようになっています」
「数滴でいいんですか?」
「はい。あまり口にすると、どうなるかは私に保証は出来ませんから」
白い液体は、結構な量が入っている。
……つまり、何度も試せるってことか。
「ふーん。ありがとう、山南さん」
「いいえ。私は結果さえわかればそれで構いませんから」
僕が山南さんに頼んだもの。
それは………俗に言う惚れ薬だった。
今夜の炊事当番は、僕。
普段なら面倒だし厭々やっていることだが、今日は別。
僕は袖を捲って気合い充分で包丁を手に持った。
多摩にいた時から、料理はやってきた雑事。
これぐらいならそつなくこなせる。
鍋にかけた汁物を、程よい頃合いに器によそった。
器自体は誰のものとの決まりはないが、盆に乗った湯呑みでそれが誰に出されるのかが決まるようになっている。
「…よし」
土方さんに出す膳の前に立ち、懐から例の小瓶を取り出す。
栓を抜いて、ニ、三滴を汁物に混ぜた。
「明日が、楽しみだなぁ」
その日の夕餉に出された膳を、土方さんは何の疑いもなく完食した。
翌朝。
僕はもう楽しみで楽しみで、昨夜はろくに眠れなかった。
お陰で寝不足。
しかし、そんなことなんて全く気にならないほどに副長室に向かう足取りは軽い。
あともう少しで目的の場所。
しかし。
「あれは……斎藤君!?」
目的の場所の前には、今まさに襖に手をかけた見慣れた黒衣の面影。
ヤバい。
もし、斎藤君が土方さんを起こし最初にその瞳に彼が映れば、その時土方さんの今日一日が斎藤君のものになってしまう。
あの人と恋仲である身としては、そうなった時に自分が何をしでかすかわからない。
そうなる前に阻止すべく、急いで斎藤君の元へと向かった。
「斎藤君!」
「……総司」
「あ、土方さんは僕が起こすよ?」
「しかし、今朝はやけにぐっすりと眠っているぞ。そう簡単には起きないと…」
「誰に言ってんの?平助君じゃあるまいし、この僕が土方さん一人起こせないわけないでしょ?」
「まぁ、確かに。では、先に広間に向かっている」
その言葉に大きく頷いて、その背中を見送る。
…危なかった。
気を取り直して、目の前の襖に手をかけた。
「…土方さん?総司です、入りますよ?」
土方さんはまだ、褥の中。
安らかに眠るその顔に、僕の口は自然と弧を描いていた。
「総司…愛してる」
「……僕も」
土方さんからの与えられる熱い口づけ。
目が覚めたばかりの少しばかり高い体温に包まれ、口内を侵される。
山南さんの薬の効果は絶大だった。
その紫の瞳に僕を映しだした瞬間、普段は殆ど口にしない愛の囁きと力強い抱擁を僕に与えた。
「んはっ…土方さん、そろそろ広間に行かないと…」
「しかし…離したくない」
…聞きましたか、今の台詞!
離せとしか言わない口から、その逆が出るなんて…!
「ならずっと一緒に居ましょう?幸い、今日は僕、巡察も無いですし」
「あぁ…」
そうして僕が先に部屋を出ようとすると、土方さんの方から僕の手を取り指を絡ませてきた。
…あぁ。これって本当に僕たち、恋人らしいなぁ。
副長室から広間に向かうまで、出逢った隊士のみんなが顔をひきつらせていたことを土方さんは知らぬまま、ずっと僕の手を握りしめていた。
案の定、幹部のみんなも僕たちを見て固まった。
手を繋いで現れたぐらいなら、誰もそんなに言わないだろう。
しかし、腰を下ろす時もピッタリと隣につき、あの土方さんが微笑みながら僕を見つめてご飯を食べるなんて……驚いてないのは僕と山南さんぐらいだ。
「土方さん。ご飯粒付いてますよ」
「あぁ、悪い」
唇の端に付いた粒を、顔を寄せて舌で取る。
こんなこと、普段は絶対に出来ない。
しかも土方さんは熱の籠もった瞳で僕の唇を見てくる。
……僕だってしたいですよ?口づけ。
「ほら、早く食べちゃいましょう?僕、早く二人きりになりたい」
「そうだな…」
もっと身体を寄せて上目遣いで訴えると、土方さんはいつも以上の速さで箸を運んだ。
……あぁ、今すぐ僕も食べられたい。
「おおお、おい!な、何だよあれ!あ、あ、あんなの土方さんじゃねぇよ!!」
「土方さん……」
「あ、おい!はじめ君!?だ、大丈夫か!?」
「いったいどうなってんだよ、山南さん」
「おや?何故私に?」
「いや、あんたしかいないだろ…あの人をあんな風に出来んのは」
「ふふ…ちょっとした贈り物ですよ」
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