ある夏の日〜特別編〜
―――最悪だ。
今目の前で繰り広げられている、熾烈な闘い。
どちらとも、この新選組指折りの剣の使い手。
右は一番組組長、天然理心流の天才、沖田総司。
左は三番組組長、無心流の居合いの使い手、斎藤一。
道場に広がる二人の殺気。
「お、おいっ、新八!!止めろ!!」
「また俺かよ!?む、無理だって!!前みたいに土方さんに頼れば………げ」
トシの名前に反応した二人が新八を睨む。
新八は必死に首を横に振っていた。
何故このようなことになったかと言えば、原因は些細なことだった。
朝の稽古中、ある一人の隊士が言ったのだ。
『沖田さんと斎藤さん、どっちが強いんでしょう?』
その言葉に反応したのが三人。
まず、新八。
奴は言った。
『なんで俺の名前が無いんだ!?』
だが、その言葉に耳を傾けていたのは、恐らくその場には俺と左之助、平助ぐらいだったのだろう。
新八は完全に無視され、へこんだ。
そして当事者である斎藤君と総司は、どちらからともなく真剣を構え試合を始めた。
最初はただの試合だったのだが、気づけば二人は言い争いながら闘い始めたのだ。
もちろんその内容は、トシのこと。
やれどっちがトシを守れるだとか、どっちがトシに頼られてるだとかの話になり、今に至る。
「斎藤君。君、トシさんに振られたんでしょ?いい加減出しゃばらないでよっ」
―――キィーン。
「黙れ!もはやこれは俺自身の問題ではない!あの人に苦労ばかりをかけているお前を戒めるために「嘘ばっかり。まだ未練があるんでしょ?酔っ払って迫るくらいだもんねっ?迷惑かけてるのは君の方じゃない!」
―――ガチッ、キリキリ。
「確かに…俺の中にはまだ、あの人に対しての恋情が棄てきれずに未だあることは認める。しかし!土方さんのお役に立てるのは、この新選組において俺の他にはいない!!」
―――ガシャン!!
「…いいよ。なら、どっちがトシさんに相応しいか、勝負しよう?」
「…いいのか?明日には、俺が恋人の座に君臨することになるぞ?」
「うん、大丈夫。だって……僕が君に負けるだなんて、満に一つもないからね!!」
――――キィーン!!
……あぁ。
もうあれを止めることなど、俺には出来はしない。
新八や平助を見れば、青い顔をして固まっている。
「左之助…。なんとかならんだろうか」
「ありゃ、無理だろ。もう完全に二人の世界だしなぁ。新八じゃあないが、ここはやっぱり、あの人を頼るしかな…」
左之助の言葉に被る形で、ドタドタと足音が近づく。
その音に一抹の望みをかけて左之助の顔を見れば、左之助の方も頷いた。
足音は広間の前で止まり、続いて屯所中に響き渡る雷が落とされた。
「そーーーじっ!!!テメェ、いい加減にしやがれ!!俺のもんをどこに持って行きやがった!!!」
――――バシッ。
「…うっ」
「「「「「総司っ!!?」」」」」
出来た隙をつかれ、肩を斬られて膝をついた総司にみなが駆け寄る。
「大丈夫か、総司!!」
「う…、土方さん…。痛いよぉ…」
「すぐ、手当てしてやる!大丈夫だからな?」
震える手で必死にトシの服を掴む総司と、その身体を担いで広間を後にするトシ。
二人が茫然として動けないでいた斎藤君とすれ違う時、俺は見てしまった。
……総司は目のあった斎藤君に、笑いかけたのだ。
「なぁ、近藤さん…。俺、すっげぇ総司が怖いんだけど…」
「そ…だな…。昔はあんな子じゃあなかったのに…」
「…近藤さん」
「な、何だ?斎藤君」
ゆら〜っと、どす黒い気を周囲に振りまきながらこちらを向く斎藤君。
その顔は、いつもの数倍に渡って無表情で…正直俺には彼も恐ろしく感じられた。
「…あいつは、昔からああいう奴です。あの猫っかぶり…いつか化けの皮を剥がしてやる…」
広間から、隊士が逃げ出した。
結局、総司が負った怪我は浅く、一週間もすれば完治する程度のものだった。
だが総司はこれとばかりにトシに甘えたい放題に甘え、それを見た斎藤君が度々殺気を放つ為に、またもやトシの顔色が日に日に悪くなっていく。
当の俺は、あれから二人の恐ろしい裏の顔を見てしまったこともあり、総司とも斎藤君とも顔を合わせないようにしていた。
そして、いつも願っているのだ。
……トシの平穏と無事だけを。
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