「ここか…」

苦労してやっと辿り着いた家。
確か、日野から戻ってきてからは傍に総司の姉…ミツさんがいた筈だ。
しかし実際訪ねてみると、家から誰かが出てくることもなかったし、そもそもこの家自体から人の気配がしなかった。

本当にここで合ってるのか?
なんて疑念が湧かなくはなかったが、とりあえず中に入って様子を見ようと戸を開けて家の中に足を踏み入れた。

江戸の街界隈の中でもそこそこの良家。
いくつかの部屋を回って覗いて見ながら、さぁ残り一つとなってその部屋に近づいた時、そこからは唯一人の気配が感じられた。

部屋と廊下を阻む襖は少しの隙間を置き、一応用心してそれに手をかけた。
徐々に開いていく隙間から、中の様子が少しずつ露わになっていく。

畳の上に敷かれた布団。
掛け布団は人の形を作って膨らみ、誰かが寝ていることは確かだった。
下から上へ、視線を移すとそこには…。

「…総司…」

逢いたかった人が、そこにいた。





「斎藤君!?どうしてここに…」

俺を見た総司の第一声がそれだった。
何と言うか、およそ総司らしくない普通の反応で思わず笑ってしまう。
夢?幻?
そんな言葉が後に続いて、瞬きを何度も重ねていた。

「夢でも幻でも、もちろんあの世でもない」

ぱちくりと動く目蓋に微笑み、段々と現実を認識すると次第に涙が溢れてくる。
まだ、総司は生きている。
生きて、今生で逢えた。
それだけの事実が嬉しくて涙が止まらない。
逢ったら言わなければと思っていたことは、全てどこかへ言ってしまった。

「戦い…終わったの?」

喉が詰まって返事が出来ないから、黙って首を横に振る。
当然、じゃあ何で、と掠れた声で返される。
一旦落ち着こうこれじゃあ話も出来ない、と深呼吸を繰り返して同時に眦の雫も拭った。

「…土方さんが、総司に逢え…と。後悔しないように…」
「…そっか」

そうだ。
俺は後悔しない為にここに来た。
言わなければならないことがあったから。

「総司…ずっと言いたかった。全てお前に責任を押しつけて俺は逃げていた。俺だって、本当はお前と同じなんだ。確かに初めはお前が言い出したことだったが、それでもいつの間にか、それが俺にとっても必要なことだったのに。独りで苦しくて…それが総司と共にいることで薄まっていたのがわかっていたのに。すまなかった…それに、ありがとう」

言っている内に自分が何を言っているのかわからなくなっていったが、それでも言い終えた後は随分とスッキリした。
総司はキョトンとしていたが、暫く置いて本当に微かにだが、どういたしまして、と呟いたからどうやら理解してくれたらしい。
「…それ、言うためだけにここまで来たの?」
「え?あ、あぁ…まぁ」

新選組が、今は江戸から離れ北にいることを総司は知っていた。
だから俺の言葉を聞いて、絶句。
そしてプッと吹き出すと、失礼なことに笑い出した。

…治らない咳に拒まれて、長いこと続かなかったが。

「…変なの。相変わらず斎藤君って面白いよね」

どういう意味だ、と相変わらず憎たらしい奴に向かって睨みを利かせてやった。

ふと、今の総司の現状が気になって訊いてみる。

「総司。そういえば、ミツさんはどうした?」
「あぁ…江戸に官軍が入る前に脱出したよ。多分…無事だと思う」
「お前を置いて、か?」
「そりゃあね。足手まといにしかならないし…。姉さんは最後までここにいるって言ってくれてたけど、僕がお願いして逃げてもらった」

…ちょっと寂しかったけど。

そう言って笑う総司の顔は最後に見た時よりも更に痩け、それが余計に哀愁を誘う。

独りになりたくないと言って俺と関係を持ち、戦争が始まっても連れていってくれと駄々をこねていた総司が、一体どんな気持ちで家族を見送ったんだろう。
近づく死のその時に独りであることを選んだ理由は、どこから来たのか。
気にはなったが、訊く気にはならなかった。

だから代わりに。

「総司…。俺は暫く、ここにいようと思う」

総司の最期を見送ろうと、覚悟を決めた。



俺が残ると言うと、総司は慌てたように起き上がろうとしたので肩を押して布団に沈めた。
余程衝撃的だったらしく、嬉しいんだかそうじゃないのか、何とも困った顔をしていた。
俺としてはそんな総司の珍しい顔を拝めただけで言った甲斐があり、例え迷惑だと思われても居座ってやろうと心に決める。
久々に始めた総司の世話は、俺にとってはひどく懐かしく感じられた。

「ねぇ斎藤君。僕ずっと、みんなのこと考えてたんだ。近藤さんと土方さんには生きていて欲しいなぁって。斎藤君には…傍にいて欲しいなぁって。だから、ありがと」

そう言ってくれたから、総司の面倒も見がいがあった。
だが、総司が仲間を気にするのは当たり前であり、特に二人のことは心配して当然のこと。
次の質問には、答えられなかった。

「近藤さんと…ついでに土方さん。大丈夫?」

わからない。
それしか答えは紡げない。
土方さんはともかく、近藤さんは…もう。
俺が会津を出た直後、風の噂で耳にした。
己に正直な、誠の武士らしい…敵も圧巻するほどの立派な最期だった、と。

総司は俺の用意した答えに、そう、とだけ呟いて、それきりこの話題には触れることはなかった。

その日の夜は互いに同じ床の間で過ごし、総司が疲れて寝てしまうまで飽きずに昔の話をした。
やはり一番多かったのは多摩にいた頃のことで、一番名前が上がったのは近藤さんと土方さんのこと。
楽しい思い出しかないことを、総司が楽しそうに話すのを俺は時折相槌を打ちながら聞く。
「良かった。今日は朝から体調が良かったから、何か良いことあるかな〜なんて思ってたんだ。まさか斎藤君が来てくれて、昔の話出来るなんて思ってなかったよ。ありがとう」

そう言って再び礼を述べると、総司は眠りについた。
その本当に嬉しそうな寝顔を見ながら、俺は手を伸ばして総司の額に掛かった前髪を優しく撫でる。

嬉しかったのは俺の方だ。
ありがとうを俺も贈って、横たわる身体に寄り添って目蓋を閉じた。






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