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総司が、笑った。
―――ありがとう。
そんな言葉が聞きたかったんじゃない。
礼なんてお前らしくないじゃねぇか。
俺が好きだって言うんなら、もっと生にしがみつけよ。
何で、昔みたいに笑うんだ。
何で…最期みたいに泣きそうな顔して俺を見るんだ…。
総司が自力で動けなくなった。
もう、あの冴え渡る剣を見ることも二度とない。
総司が抜けた穴は新八や左之が埋めてくれている。
しかしやはり、総司の存在は俺にとって予想以上に大きかったらしい。
いつか、人間は死ぬ。
だが、総司はまだ若い。
せめて武士として、戦場で死なせてやりたい。
それなのに、よりによって労咳…。
母や姉の命を奪った病魔が、アイツの命までも持って行く。
何故、アイツなんだ。
…出来ることなら変わってやりたかった。
「土方さん…」
「斎藤、か」
これからのことを幾らでも考えなければならないのに、ついいつも総司のことを考えている。
今もその状態のまま風呂に入ろうとし、浴場の扉を開いてやっと思考が止まった。
先客である斎藤は、湯船に浸かったまま俺を見て戸惑いの表情を浮かべた。
ここのところの斎藤はいつもこうだ。
最近は斎藤も俺も互いに避けて回る余裕などなく、ほぼ一緒に行動していた。
「気にしてんのか、総司が言ってたこと」
それでも、暇を見つけては総司の部屋に行っているのを俺は知っている。
二人はただの友人でも恋仲でもないようだが、それでも強い絆が伝わってきた。
俺にはわからない、二人だけの共有。
そこに俺は無関係ではなかったが、それでもその間に俺が入ることは叶わない。
「いえ…あ、いや、はい」
「どっちだよ」
身体を洗い終えて俺も湯船に浸かる。
斎藤は俺を一瞥し、直ぐに明後日の方向に視線を飛ばした。
「斎藤…?」
「俺、俺は…」
「ん?」
目を合わせないくせに必死に何かを伝えたいという雰囲気が届き、ここは黙って聞いてやるところだろうかと思い、ただ後頭部を見つめて待った。
斎藤の頭は暫くの間微かに上下に動いた後、意を決したようにいきなりパッとこちらを向いた。
「土方さん!」
「な、なんだ…」
「俺は…俺も、土方さんが好きです!今までも、そしてこれからも!俺は、総司の分まで土方さんについて行きます!」
直ぐに返事が出来ないほどの勢いに圧倒されてしまった。
何度も無駄に瞬きを繰り返してしまい、変な間を作った自分に馬鹿だと思い切り頭を殴ってやりたくなった。
「いいのか、お前。これから俺たちはどうなるかわからねぇぞ。近いうち、俺たちは京を離れることになるかもしれない…」
「それでも俺は、会津中将、近藤さん、そして土方さんの元で戦います!それが、今の俺の最大の望みですから」
「………わかった」
斎藤に、こんな情熱が隠されていたとは知らなかった。
結局、俺は斎藤のことも総司のことも知っているつもりでそうではなかったのかもしれない。
もっとちゃんと見てやれば良かったと、今更しても仕方のない後悔をしてしまった。
「なぁ、斎藤。お前らは…いいのか、このままで」
だからこそ、二人には後悔などして欲しくない。
このまま行けば、総司と斎藤は違う道を歩むことになる。
それは今後二度と交わることはないだろう。
あの時総司は、斎藤に対して誠実に瞳を向けていた。
それを斎藤は返さなくていいのか。
俺の為に悩み苦しみ続けた二人の為に、今俺が出来る精一杯のことはこれぐらいだ。
斎藤は俯いて水面を見ながら黙り込むと小さく、少し考えてみます、と呟いた。
「…後悔だけは、すんなよ」
…俺みたいに。
相変わらず前を見ない斎藤に俺が言えることは、もうそれだけしかなかった。
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