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夢を見た。
僕の前には襖が在って、如何にも開いて下さいとばかりに他には何も無かった。
とりあえず襖に手をかけるとその瞬間。
「んぁ、ひじかたさ…んっ!」
「斎藤、斎藤っ、さいと…」
中から聴こえてきたのは、斎藤君と土方さんの声。
それは、紛れもなく『あの時』の声だった。
止めておけばいいのに、僕の身体は勝手に動いて襖を開いていく。決して開ききる訳ではなく、僅かな隙間を作り出して中を覗いた。
「あ、おれっは、ひじ、かたさんが…んっ、すき、すきっ…です!」
「あぁ…斎藤。俺もだ…」
聴きたくない声で聴きたくない会話をする二人が憎い。
人が苦しい思いをして必死に生きているのに、二人は僕がいないのをいいことにいつの間にか想いを通わせていたのか。
いや、これは夢だ。
そう…夢。
…何もかも。
斎藤君と交わったのも、土方さんに嫌われたのも、僕が病に侵されたのも。
全部全部、夢。
頭を抱えて、耳を塞いで。
二人を遠ざけた。
「僕は…どうしたらいいの?土方さんも斎藤君も、大事なのに…。傍に、いて欲しいんだよ。淋しいんだ、よ…」
ぽつぽつと、畳を何かが濡らしていく。
こんな時になって、僕は漸く気づいたんだ。
僕が、土方さんの代わりを斎藤君に求めたのは、決して欲の解消の為だけじゃない。
僕は、ただ淋しかっただけなんだ。
好きな人が僕を見てくれない。
その事実を独りで抱えることが出来なくて、だから同じ境遇の斎藤君に目をつけた。
けれど、気づけばそれで僕の中には斎藤君に情が生まれてしまった。
二人には、想い合って貰いたい。
でも、その道を選んで欲しくない。
相反する想いが心を揺さぶる。
なら、どうにも叶えられないのなら、他は全て考えないようにしよう。
僕の望みはたった二つだけ。
土方さんには、生きて欲しい。
斎藤君には、僕の傍にいて欲しい。
これぐらいなら、叶えてくれるでしょう?
…ねぇ、神様?
「…総司」
目を覚ました時、目の前には土方さんと斎藤君がいた。
二人は心配そうに僕を見ていて、そんな二人が可笑しくて次第に笑いがこみ上げてきた。
「あははっ…二人共、変な顔。ぷ、くくく…」
「テメェ…起きるなり人の顔見て笑うなんて、いい度胸じゃねぇか。よし、そんな元気なら道場で一発シバいてやろう。来い、総司!」
「何無茶言ってるんですかぁ?僕、誰のせいでここに寝てんのかなぁ?」
「総司!土方さんは、総司の身を案じて…!」
あぁ、幸せだな。
こんなやり取りは久々だ。
笑ったのも久しぶり。
このままずっと、時間が止まればいいのに…。
「ねぇ?土方さん。僕ね、土方さんのことずっと好きだったんだ。ううん、今も…好き」
だからだろうか。
僕は、無意識に土方さんに積年の想いを告げていた。
土方さんも斎藤君も、僕の突然の発言に目を見開きどうしたものかって顔をしていた。
「…何で、いきなりそんなこと言いやがる」
「だってさ、今言わないと一生言えずじまいになるかもしれないでしょ?そうなったら、死んでも死にきれないなぁって。今言えることは、今のうちに言っておかないと」
『死』の言葉は、禁句だったらしい。
土方さんはみるみるうちに表情を固くした。
「お前は、死なねぇ!俺が死なせねぇ!だから、死ぬなんて言葉、お前はこれから一生使うな!」
「相変わらず、土方さんは横暴だなぁ。今のはね、斎藤君への僕からのお礼なんだ」
「え?」
何も言わず、沈んだ表情で僕を見ていた斎藤君は自分を名指しされたことで戸惑っているようだった。
僕は、今までいろんな彼を見てきたんだなぁって、しみじみと思った。
布団からもぞもぞと両手を出し、片方は土方さんの手を、もう片方は斎藤君の手を握って言った。
「斎藤君。僕ね、君には感謝してるんだ。ずっと、僕の我が儘に付き合わせて…君は嫌がってたのに。だから、君には幸せになって欲しいんだ。僕は、いつも君を応援してるから」
「総司…」
―――ありがとう。
あの時の言葉をもう一度、今度は土方さんにも告げた。
やっと、僕は前に進めるんだと思えるから言えた言葉。
進む先は死あるのみだとしても、きっと僕にとっては光になる。
こんなこと、土方さんには絶対言えないけど。
「…後は、斎藤君だけだよ」
そうして、僕は親友となった彼の背を押した。
部屋を出て行く二人に、もう拒む気持ちは湧かない。
少しだけ、淋しかったけど。
「…斎藤君、偶には来てよね」
「あぁ…」
「俺には無いのかよ」
「土方さんはいいです。煩いから」
「…ったく、俺にだってそんな暇ねぇよ!」
こうやって、最期も笑って別れられたらいい。
そうすれば、僕は泣かずに逝くことが出来そうだから。
安心して、二人の無事を祈れるから。
僕は頬を緩ませながら、再び眠りについた。
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