僕は一体、何しているんだろう。

僕の下で熱に浮かされた虚ろな瞳を僕に向ける斎藤君は、与える快感に僕ではない人の名を叫びながら喘いでいる。

「んっ…あ、はぁ…土方さんっ、そこ、はっ」

あの人の名を聴くと、どんどん虚しくなっていく。
可笑しいよね、僕が最初に言い始めたことなのに。

でももう土方さんにもバレちゃって、僕自身はこうしていても斎藤君を斎藤君だと認識してしまう。
それはきっと、斎藤君も同じだと思う。

だから。
僕は、最初に決めた禁を自ら破った。

「ねぇ、斎藤君。もう、止めにしない?こうやって土方さんの名前使うの」
「あ…」

律動を止めて真っ直ぐに告げる。
斎藤君も瞳に光を取り戻し、正面から僕を見てきた。

「だからさ、僕たち今日で止めにするんだ。代わりに…今日は僕、斎藤君を抱くよ」
「そう、じ」
「斎藤君…はじめ、くん…」

僕はこの日初めて、『斎藤君』に口づけた。



行為の後、身なりを整えて立ち上がる。

僕はきっと、もう二度とこの部屋には来ないだろう。

襖を開き身を潜らせて、閉じる瞬間にそれまで意識的に逸らしていた視線を合わせて告げた。

「…ごめんね、斎藤君。僕の我が儘に付き合わせて。でも…ありがとう」

何故か、涙が出そうになった。





どうして僕が斎藤君との関係に終止符を打とうと思ったのか。

それはもちろん、土方さんに気づかれたことや斎藤君をもう当て馬に出来なくなった、ということもある。
だが、真の理由は別にある。

この間から、咳が止まらなくなった。
僕自身、風邪だと思っていたし周りもそうだと思っていた筈だ。

そしてそんな時、屯所に松本先生がやって来たのだ。
隊士の診察を一通り終えた先生は、ある日僕を呼び出し告げた。

―――君は、労咳だ。

笑うしか無かった。

理解し難くて、まだ僕は近藤さんの為にも土方さんの為にも何も出来てないのにと、己の身を疎ましく思った。

松本先生にはとりあえず、みんなにはまだ黙っていて欲しいと告げた。
心配かけたくないというのもあるが、特に知られたくない人二人の存在が頭に浮かんだから。

初めに浮かんだのは土方さん。
あの心配性で優し過ぎる人を、これ以上苦しめたく無かった。
例え、弟分だとか、必要とされている理由が新選組の為だけだったとしても…憎まれていたとしても。
僕はまだ、あの人が好きだから。
だから、あの人の顔が歪むのを、僕は見たくない。
知られたくなかった。

次に浮かんだのは、斎藤君。
知ったら、彼はどんな顔をするんだろう。
やっと解放されるって、安心するかな?
それとも、やっぱり生真面目で優しい彼だから、ちゃんと僕の為に泣いてくれるかな?
どっちにしても、僕は耐えられそうにない。
どっちの彼も、見たくない。
知って欲しくなかった。

松本先生には共犯になって貰うしかなくて、本当に何度頭を下げても足りないくらいだった。



それから部屋に戻って、布団に潜ってこれからの自分を考えた。

僕が一番知られたくない二人は、隊内でも結構勘のいい方だ。

特に土方さんは、家族を労咳で亡くしているからか、風邪だと通し続けても無理があった。
最近は疑いの眼差しを向けてくるほどで、こんな僕を気にしてくれるなんてやっぱり土方さんはお人好しだなと思う。
とにかく、土方さんにはなるべく近づかないようにしよう。
知られたくないと同時に、彼には誰より一番感染って欲しくないから。
近藤さんの為にも、新選組の為にも、土方さん自身の為にも…斎藤君や僕の為にも。

斎藤君とも、関係を終わらせようと思う。
傍にいるってだけでなく、あんなことを続けていればいずれ斎藤君も感染してしまうだろう。
それに、僕も彼ももう潮時だと実感している。
神様なんて信じる質じゃないけど、誰かがもう止めておけってそう言っている気がする。
きっと、罰が当たったんだ。
土方さんを好きになっただけでなく、自分の欲の為に純粋な斎藤君まで巻き込んで馬鹿なことをして。
もう、後悔しても遅いかもしれないけど。





斎藤君と最後に顔を合わせてから暫くして、僕は自分の身体が段々重くなっていくのを感じていた。
朝目を覚ましても起きるのが億劫になり、食事も喉を通らなくなった。
相変わらず咳は止まらず、土方さんの命令で部屋に籠もる理不尽に立腹したりもしたが、内心ではありがたいとも思っていた。
おそらく、みんなもう気づいているんだろう。
僕が長くはないことを。

誰とも逢いたくない。
こんな自分を、見られたくない。

けれどこの新選組には、心配性でお節介でお人好しな人ばかりがいるから、日に何度も色んな人が訪ねて来た。
独りになりたいだとか言いながら、僕はそんな彼らに感謝している。
だって、誰かと話している間は、まだ僕は生きているんだと実感出来るから。



ただ、そんな中でも僕は土方さんと斎藤君は絶対部屋に入れなかった。







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