優しい君に囚われる


「今日の隊議はこれで終わりだ」

新選組副長の容姿に見合う凜とした声で、幹部の解散を告げた。

一人、また一人と退出していく中、彼は今まさに出て行こうとしている一人の青年を呼び止めた。

「…ちょっと待て、新八」
「ぅえ!?」
「こっちに来て座れ。話がある」

鬼の副長と呼ばれる彼の眉間には、今から始まる説教を予告するかのようにシワが刻まれている。

「…テメェは、まず俺に何か言うことがあるんじゃねぇのか?」
「え、あ、はい…。その〜、こ、この間、た、隊務の途中でみ「結果だけを完結に言え」

あの永倉君が、身体を縮こませている。

この件については私も耳にしたものだ。

巡察の途中でお腹を空かせた永倉君は小料理屋に入ってしまい、料理を零して隊服を汚した。
浅葱の羽織りの裾には、今も茶色い染みが残っているらしい。

「すいませんでした!!」
「……お前、アレを渡した時に俺が言ったこと、忘れた訳じゃあねぇよなぁ?」
「わ、忘れてません!あー、ただ、俺何でもするから!だからその、頼むから切腹とか謹慎とか、勘弁して頂けると…」
「甘いな。この俺を鬼だなんて呼んでるのはお前らじゃあ無かったか?」

あぁ…。
またああやって、彼は自らを律しようとする。

私たちの為に、本来ならばやりたくもない憎まれ役を演じる。

私はいてもたってもいられず、間に割って入った。

「まあまあ土方君。それくらいにしてあげましょう。彼も何でもすると言っているんですし」
「いや、しかしな…」
「やるんですよね?永倉君」
「はい!はい!やりますとも!」

彼は、途端に顔色が良くなった永倉君を一睨みし嘆息すると、腕を組み直して指示を出した。

「それじゃあ新八。今日からお前には一週間、広間の掃除をしてもらう」
「えぇ!?こ、ここを、一人で…?」
「誰かに手伝ってもらうのは構わねぇが…まぁそこは、お前の人望の見せどころだな」
「う…」
「まぁ……頑張って下さい、永倉君」
「……はい」

出て行く永倉君の背中には哀愁が漂い、あの男らしい身体を小さくしていそいそと出て行く様は、彼には失礼だが少し可笑しかった。

「……はぁ」
「鬼役はなかなか厳しいですね」
「そりゃあ…な。あいつらの手綱を完璧に握るのは思う以上に大変だからな」

そう言って、またため息をつく。

それでも土方君の顔には、彼らのことを可愛く思う『兄の顔』があった。
おそらく、彼らがこれからも何かを仕出かすとしても、口では厳しいことを言いつつ心の中では許すのだろう。

「馬鹿な子ほど可愛い…というところですか」
「ん?」
「いえ、こっちの話ですよ。それより、これから私の部屋に来ませんか?いい茶菓子があるんです。たまには…息抜きも必要でしょう。あなたにも」

職務で無理という先の言葉を封じ、新選組副長としての彼からただの土方歳三としての彼へと誘う。

笑顔で告げた誘い文句に、いつかぶりに見る子供のような笑顔で土方君はそれを受け入れた。





「さぁ、どうぞ」
「あぁ、すまねぇ」

差し出した茶を静かに呑む土方君。

このまったりとした時間が、私は好きだ。
こうしていると、多摩にいた頃を思い出すから。

しかし、茶を呑んだ後に盛大にため息をついたその背中がなんだか痩せて見えて、もうあの頃とは環境が違うのだと実感した。

「……だいぶ、疲れていますね」
「ん…かもしれない」

目を細めて苦笑を洩らすその姿に、胸が痛くなる。

本当の優しさをひた隠して、この新選組の為に鬼となることを決めた彼。
仏の顔は近藤さんと私に任せると、彼は言った。

「……トシ」

そっと傍に寄り添い、背中をさする。

せめて、私の前では全てをさらけ出して欲しい…。

トシは振り返ると、私にガバッと抱きついてきた。
目の前に来たその頭を撫でる。

「いつでも、ここに来ていいんですよ。私は、その方が嬉しい…」
「あぁ…。俺も、あんたの前でしかこんな無様な姿、曝せねぇよ…」

…なんとも嬉しいことを言ってくれる。

私は、常に心を傷つけ続ける彼がひとところで休むその姿を、決して無様だとは思えなかった。



私〈ここ〉が、貴方の唯一の拠り所になることを願い、私は少し細くなった恋人の背を抱いた。



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