今、僕は緊急事態にまみえていた。

「僕としたことが…。まさか間違えるだなんて」

手の中にある小瓶の中身は白い液体…山南さん特製惚れ薬を人知れず見つめてから、斜め前で食事を取る斎藤君の顔へと視線を移した。

例の如く、今日僕はこの薬を使った。
過去二回、上手く土方さんを酔わせることに成功していた僕は油断していたんだろう。

よく確認もしないで薬を盛ってしまった。

「…大体、斎藤君と土方さんの湯呑み、何であんなに似てるのさ…」

全面的に僕が悪いことなのに、既に斎藤君がそれに口を付けてしまったという、最早どうにもならない現実に苛立ち他人のせいにしてみる。
無駄なことだとわかっているんだけど。

この間まで、斎藤君の湯呑みは全く違う色のものだった。
しかしある日、新八さんが食事当番だった時に誤って落として割った。
それ故に斎藤君は、新八さんから貰ったお金で新しい湯呑みを購入したのだった。

そしてその湯呑みが間違いの原因の元。
その見た目は、細かいところを抜かせばかなり土方さんの湯呑みに酷似していて、あれは間違えても仕方がないと思う。

とりあえず、こんな仕様もないことをぐるぐるといつまでも考えているのは馬鹿らしい。
成るように成る…とまではいかないが、とにかく明日の朝は斎藤君の視界に土方さんは絶対に入れないようにすることだけに集中しよう。

まぁ、斎藤君には悪いんだけど。

その日は結局、何をするということもなく残りの一日を過ごした。





朝、目が覚めて僕はまたもや自分が失敗したことに気づいた。

毎朝土方さんが誰に起こされているのか。
思い返せば直ぐにわかったことなのに。

僕はろくに身支度もせずに急いで副長室に向かった。



「…さい、あくっ」

遅かった…!

副長室の開かれた襖の先で、僕は見たくもない光景を見させられた。

布団の上に寝姿のまま座る土方さんの上に、乗り上げるように抱きつく斎藤君の姿。
こっちからは斎藤君の表情は見えないが、抱きつかれた土方さんは目を見開いて固まっている。

そりゃあそうだろう。
普段、こんな積極的な態度を示すような斎藤君ではない。

僕も土方さんも口が利けないまま固まるしかなく、斎藤君は安心したように息を吐くもずっとそのまま。
ふと土方さんは僕の存在に気づいたようにこちらに視線を向け、戸惑いの色だけでなく救いを求めるような色を乗せて僕を見つめた。

「そ…じ」

返したくても返せない。
土方さんが悪くないのはわかっているし、もちろん斎藤君も悪くない。
結局僕が全部悪いんだけど、それでも土方さんが僕以外の人とべったりするところを見れば頭に血だって昇ってしまう。

理性と本能が闘いを繰り広げる中、正直土方さんのことに気を配っていられるほど、僕自身に余裕なんかない。

「…っ。なん、で…放さないの?」
「え、あ…いや、しかしな…」
互いにしどろもどろ。
当たり前だ。
理解しなければならないのに出来ない僕と、何もかも理解出来ない土方さん。
そんな二人がちゃんとした会話が出来る訳がない。

土方さんはどうやら、斎藤君の様子が変だということが気になるから放すに放せないらしい。
僕よりも早く、少し落ち着いたようで未だ抱きつく斎藤君に話しかけ始めた。

「…斎藤?どうしたんだ、お前」
「…きで…」
「ん?」
「好きです、土方さん」

聞きたくなかった台詞。
土方さんは阿呆みたいに口をあんぐりと開き、斎藤君を凝視していた。
顔を上げた斎藤君の唇が、徐々に土方さんの顔に近づき…。

「だめーーーっ!!」

気づけば身体が勝手に動き、ドンッと斎藤君を押しやり土方さんから引き剥がしていた。
何をする、と睨まれたがそんなこと知らない。

例え薬のせいだろうと、土方さんは僕のものなんだから。

グイッと土方さんの身体に腕を回して、僕も負けじと斎藤君を睨みつけた。

「斎藤君に…土方さんは渡さないから!!」





それからと言うもの、斎藤君は常に土方さんを追いかけ共にいようとし、僕はそんな二人をそのままにしておけずに常に土方さんの傍にいた。
周りのみんなは口々に、今度は斎藤君がおかしくなったと言っていたが、今はそんなことを気にしてはいられなかった。

「…土方さん。今日は斎藤君と、絶対に二人にならないで下さいね」
「それはいいが…一体どうしたってんだ、斎藤の奴は…」

本当なら、ここで薬の話をして素直に謝るべきなんだろう。
土方さんにも斎藤君にも。
でも僕には、それを言う気はさらさらない。
別に今更土方さんに怒られるのは怖くないが、まだ種明かしはしたくないという気持ちが強いから。
どの道、今日の斎藤君をどうにか出来る訳でもないし、これからもっと気をつけることにすればいい。

「…土方さん。斎藤です」
「あ、あぁ…「斎藤君は入っちゃ駄目!」

土方さんのいつもの仕事を横で眺めていると、外からは斎藤君の声。
ピンと場の空気が張り詰め、土方さんも戸惑いを如実にその声音に表していた。
そんな僕たちとは逆に、至っていつも通りの斎藤君の声に騙されそうになるが、一旦でも部屋に入れれば面倒なことこの上ない。

凛とした声で制するが斎藤君には効く筈もなく、彼はなおのこと食い下がってきた。

「俺は土方さんに言っているのであってお前には言っていない。第一、ここはお前の部屋ではないのだからお前の許可などいらぬだろう」
「土方さんは僕の恋人なんだから同じだよ!今日は斎藤君、僕の許可なしに土方さんに逢っちゃ駄目!」
「…総司…」

呆れてるのか、困っているのかわからぬ溜め息が落とされるが、ここは一歩も引けない。
考えてみれば、いくら薬を飲んでいる斎藤君改であろうと中身は結局斎藤君なんだから、きっと土方さんが言えば引いてくれるんじゃないかと思う。

「土方さんも何か言って下さいよ」
「出しゃばってるのはお前だろーが」

もう一度盛大に溜め息をついた土方さんは深呼吸を一つすると、僕ではなく襖の向こうの斎藤君に向けて言った。

「斎藤。何が遭ったのか知らねぇが、確かに今日はお前変だぞ。相談があるっつーんなら聞くが、今朝みたいな話なら聞けねぇ。で、何の用だ?」
「……戻ります」

その一言で、外の気配は消えた。
結局、斎藤君の用事は土方さんの言う内容だったみたいだ。
土方さんは三度溜め息をついた後に僕を見、険しい表情で告げた。

「お前も出てけ。いると集中出来ない」
「なっ…」
「斎藤は近づけない。それは約束するから、な?」

普段よりは優しい口調だけど、有無を言わさぬ毅然とした態度で僕を拒む。
珍しいことに柄にもなく内心狼狽えながら土方さんを見る。
視線を合わせてくれなくなったつれない背中にそれ以上縋ることが出来ず、ゆっくりと立ち上がった。
それでもそのままでいたくなくて、一度振り返り土方さんの背を見て口を開いた。

「今夜…またここに来てもいいですか?」

僕の必死の問いに土方さんは振り返ってはくれなかったが、それでもたった一言。

「…待ってる」

そう言ってくれたから、何とか救われてその場を後にした。






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