掲げた緋に宿る
※澪音様のみお持ち帰り可。
今や新選組の象徴となった、誠の旗。
あれを初めて見た時、夕焼けの燃ゆる朱のようだと思った。
そして今は、志士が間の際に流す鮮血の紅のようだと思う。
「うっ…。ごほっ、ごほ…」
果たして、今吐き出した僕の赤はあの旗と同じ色をしているのだろうか。
そう考えた時、目の前が真っ暗になった。
病と死の宣告をされてから、僕が見る風景からは色が失われた。
それはまるで、子供の頃に姉上と別れて道場での生活を始めたあの頃に戻ったかのようだ。
あの時は近藤さんが温かい誠意と温もりで僕の世界に色を与えてくれたけれど、今回は多分どうにもならない。
だってこれは、どんな名医でも治せぬ死病。
新選組と…近藤さんと離れ、何の役にも立たなくなる自分の行く末を考えれば、そこからの転機なんて絶対に訪れる訳がない。
そう考えるのが妥当だった。
結局、僕の人生なんてこんなものかと諦めが半分。
そして、どうして僕なのかと嘆き暴れたいのがもう半分。
そんな行き場のないもどかしさをどうにかしたくて、気がつけば全ての矛先はあの人に向かっていた。
ずっと気になっていて、それを認めたくなくて素直に振る舞えず、けれど僕がある意味一番気を許しているあの人。
心配性なあの人を困らせて悩ませて、そうすることで僕は僕の世界を成り立たせる。
今の僕の目に映るのは、灰と紫紺の色だけだった。
「おい総司!てめぇはまた飯食ってねぇじゃねぇか!」
「だって食欲ないんですもん」
「もん、じゃねぇ!可愛く言ったって駄目なもんは駄目なんだよ!」
「もー、土方さんは相変わらず五月蝿いなぁ」
久々に顔を見せた土方さんは、前と変わらず壮健そうな顔つきを歪め、僕を叱る。
普通なら嫌だと思うような叱責も、言ってくる相手で全然違う。
内心では両手を上げて喜んでいるものの、もちろんそんな素振りは一切見せるつもりはないけれど。
「その様子じゃ、薬も飲んでねぇだろ」
「そりゃもちろん」
「何当たり前のように言ってんだよ!飲まなきゃ駄目だろうが!」
「えー」
良い年して何言ってやがるとぶつぶつ言いながらも、甲斐甲斐しく世話を焼く姿はまるで姉上のようだと考え、慌てて頭を振る。
それじゃ僕が、近親者に好意を持った変質者になってしまう。
とは言え、恐らくこの想いを抱いたきっかけの一つであるのは確かかもしれない。
姉上のようでいて、そうじゃない。
どちらも僕が土方さんに惹かれた理由そのものだ。
「…ったく、仕方ねぇ。粥でも作ってきてやるから、それ食って薬飲め」
「やですよ、土方さんの料理なんて。前から酷い出来だったじゃないですか」
「はぁ?酷いのはてめぇだろ。お前が作ったもんは食えたもんじゃなかったからな」
「何それ、酷い。僕が一生懸命作ったのにそんな言い方」
「それならお前も大概だろうが。とにかく、ちょっと待ってろ」
そう言い残して部屋を出ていく後ろ姿に、ふと言い知れぬ不安感が沸き上がる。
別にちょっとの間料理をしてるだけで、直ぐに帰ってくるって本人も言っていた。
いつもみたいに重用や騒動に出掛けていく訳でもないのに、急に一人にされたからか妙な寂しさを覚えてしまう。
僕はむくりと起き上がり、立ち上がって歩こうとした。
「…っ」
けれど身体は言うことを聞いてくれなくて、呆気なくその場に膝をついてしまった。
何だか、泣けてくる。
思いのまま四肢を動かし、自分からあの人のところへ行くことすら出来ないなんて。
鈍感なあの人が自らここに来てくれるなんていう今日みたいな奇跡は珍しく、こっちから逢いに行かないと顔も見れないことの方が多いのに。
このままじゃ、見捨てられる…。
忘れ去られてしまう。
焦った僕は、不恰好でも構わず這って進み廊下に出た。
「…って、おい!お前、何やってんだよ!?」
盆を持ってこちらに向かってくる人影が、声を上げて小走りになった。
良かった、戻ってきてくれたとホッと嘆息したのを一瞬の内に隠して、頬を上げてみせる。
「土方さんが、ちゃんと食べられるものを作ってくれてるか心配だったんですよ」
「てめぇな…」
呆れたような顔の裏にちらりと見え隠れする、何もかも理解した上での心配そうな表情。
きっと僕のこんな心持ちなんて全部知られてしまっているんだろうに、それでも僕は強がりを止められない。
それとも、全てかなぐり捨てて縋ってしまえば、土方さんはずっと僕の傍にいてくれるのかな。
「ほら、部屋戻るぞ」
盆を傍らに置いて、自力で歩けない僕の支えになってくれる。
横に並んだ土方さんの顔は相変わらず綺麗で精悍で、病なんてものを抱えていて唯一の才だった剣すらこれから先取れなくなるかもしれない僕には、決して手が届かないように思える。
独り占めしたかったのに、それすら叶わない状況に今や置かれている。
自分からは決して告げられなくなってしまったことが、僕の戯れ言に拍車をかけていった。
「梅粥ですかぁ?玉子がよかったなぁ」
「これでも奮発したんだぞ。良いから黙って食え」
「あーん、ってして下さい」
「止めろ、そんなこと出来るか」
「……どけち」
弟分として甘えるくらいしか出来ない僕の気持ちを、どうかわかって欲しい。
せめてもの望みを、けれど土方さんは以外にも大きくして返してくれた。
「食わねぇならこのまま戻るぞ。折角手空いたから、今日は一緒にいてやれると思ったのにな」
「え…!?」
「自分で食えるな」
「…食べます」
答えてからふと土方さんを見てみれば、てっきりニヤニヤしてるんだと思っていたのに意外にも優しい笑みを湛えていた。
いけない、ドキドキしてきた。
「どうだ?」
「ま、まぁ…土方さんにしては、お…美味しいと思います…」
「…そうか」
丁寧に口を付けていくと、案外穏やかな空気が場を包む。
それが心地よくて、何だか日溜まりにいるように感じた。
それからも土方さんは宣言通り、一日を僕の傍で過ごしてくれた。
それだけで僕の世界には色が広がり、例えこの想いが叶わなくても今のこの一時があればそれでも良かった。
今の僕の目に映る土方さんの誠は、温かいお日さまの緋。
―――
どっちかって言うとシリアスですね、すいません。
土→←沖前提で書いてるつもりですが、何気に悲恋…。
タイトルと書き始めで失敗したような気がしてます。
自分的には満足なんですが←
とにかく、相互&リクありがとうございました!
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[mokuji]
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