愁炎見つめて

※蝶子様のみお持ち帰り可。



芹沢さんを粛清してから、もう何年も経つ。

あの頃、あの人に逢ったお陰で皮肉なことに、俺は新撰組において自分が鬼となることを決めた。

そして今、俺は本当の意味で鬼になった。

あの頃にもたらされたある薬によって。

しかしそれも、風間が言う通り所詮は紛い物なのかもしれない。

結局俺は、芹沢さんが言う鬼にも風間が言う鬼にもなれない、ただの落ちぶれた似非武士なのか。

こんな姿を誰にも見られたくなくて、守りたかった奴らには全てを隠して日々を生きる。

今のところは、それも無事に成せているようだった。





定例になった幹部会議が始まり、俺は徐々に自分の中の羅刹が燻り始めたのに気づいていた。

しかし途中退席なんて今までしたこともなく、絶対に怪しまれるだろうことは目に見えていた。

冷や汗をかきながら、意見を求められないことをいいことに無言を貫き通す。

こうしていれば大抵は、鬼の副長は機嫌が悪いで通るだろう。

そう考えて早く時間が過ぎるのを待つが、今日に限ってやたら長びいてしまった。

やばいやばいと焦る内心を表に出さないように気を付けることしか出来ないまま、さ迷う視線がふとある人物と重なった。

(…左之)

ジッとこっちを無表情で見つめる顔からして、恐らくはこの会議の話なんて全く聞いていないだろう。

それを叱るいつもの余裕もないから、今日は逆に探るようなその眼差しが辛かった。

そのせいか段々抑えが効かなくなってきて、ここで全てを露呈するよりはと思いきって立ち上がる。

「…悪い。急ぎの案があったのを忘れてた。俺抜きで進めといてくれ」

何とかそれだけ口にして、足早に広間から出る。



口が渇いて仕方がなかった。





片手間に襖を閉めて、それからずるずると腰を落とす。

「…う、ぐ…ぁ…」

自分の内側から這い上がる、この感覚は既にもう馴染みのものだ。

無性に、ただ無性に喉が渇く。

『チガ、スイタイ。チガ、ホシイ』

俺ではない何かが、獣のようにそれだけを望む。

潜む野獣の感覚は、俺の理性を蝕んでいく。

「…くっ、そ…。出て、くんな…出てくんな!!」

「土方さん!」

「…っ!」

こんな時に、一体何の用だと言うのか。

いつもは愛しいとすら思う恋人の声が、今は憎たらしくて仕方がない。

人のことは言えないが、聡いというのは時に罪にも成り得るんじゃないだろうか。

「左之…。悪いが今は忙しいんだ、用なら後にしてくれ」

出来るだけ平素を装う為に喋る前に深呼吸を繰り返したりしてみるが、声が微妙に震えてしまったかもしれない。

とにかく、このまま去ってくれと願うばかりだった。

「…土方さん。急用なんだ、悪いが入らせてもらう」

「なっ…!左之、やめろ!!」

止める声も虚しく、全く聞く気のない左之の手によって無情にも暴かれてしまう。

目があった瞬間、俺は今の自分の姿を知った。

「…土方さん…、あんた…」

「何で来やがった…!俺は…」

白い髪と紅い瞳。

いつもとは違う自分に狼狽するよりも先に、せり上がってきたのはただの欲望。

「う…ぐっ、ぅ…!」

「土方さん!?」

止せばいいのに、胸を押さえて踞る俺の傍に膝を着いて背を擦る。

感じる人肌が、余計俺を苦しめた。

「…や、めろ…!今の、俺は…羅刹だぞ…!」

羅刹に堕ちた身がどうなるのか、幹部として新選組の裏の部分に携わることもある左之だったらわかるだろう。

諭すつもりで言った言葉を、しかし上手く受け止めてもらえなかった。

「わかってるよ…。血が、欲しいんだろ…」

差し出すように目の前に左之の腕が現れた。

何の戸惑いもなくそんな行動を起こせるこいつの神経を疑ったが、腕に浮き上がる筋のような血管を認識した身体は言うことを聞いてくれない。

それでも必死に抑え込んで、震える手で跳ね退けた。

「…いらねぇ」

「何言ってんだよ!遠慮してる場合じゃないだろ!」

「大きな、お世話なんだよ…!こんなもん、暫くしたら収まる…!」

羅刹になってから今までずっと、人を襲うこともなくやってきた。

ここで一度でも味を覚えてしまったら、俺はきっと壊れてしまうだろう。

いくら左之が良いと言っても、これだけは曲げられなかった。

「俺はあんたが苦しんでる姿を見てらんねぇだよ…!頼むから飲んでくれよ…」

「…じゃ、見なきゃいいだろ…」

懇願されても、俺は譲る訳にはいかなかった。

ここで折れたら俺の志と意地を信じて助けてくれた、源さんや山崎に申し訳が立たない。

例え似非でも、俺は武士なんだ…そう思って、ひたすらに左之を拒んだ。

「馬鹿野郎!あんたは馬鹿だ、大馬鹿だ!!」

遂に堪忍袋の緒が切れたのか、ダンと大きな音が立ったと思ったら気がついた時には押し倒されていた。

「…ちょ、何してんだてめぇ…」

「いい加減にしろよ。人が頼んでんのに素直に聞かねぇ、あんたみたいな頑固者には力尽くで聞かせねぇとな」

「って、おい…んぅ!」

思いがけず降ってきた口づけは、今までしてきた軽いものでも甘いものでもなく、噛みつくような激しいものだった。

そして、口内に広がる…鉄の味。

(…こいつ、口の中を噛みやがったのか…!?)

接吻の前だか後だかはわからないが、そんな考えを最後に理性が飛ぶ。

舌から感じる左之の血の味が、脳を痺れさせた。

あれだけ拒んでいたのに、これを舐めれば身体が楽になることを既に覚えてしまったらしい。

これからはもう、血を拒むなんてことは出来そうにない。





「…馬鹿野郎」

今度は俺がその言葉を口にした。

「いいだろ、楽になったんだから」

実際に吸った量は微々たるものだったようで、終わった後の左之の普段通りの様子に安堵する。

自制が利かないことの恐怖を、改めて知った。

「これからどうすんだよ…。俺に人の血を啜りながら生きろってのか…?」

「…そうだな」

結果的に血を吸ってしまった罪悪感から、強くは怒れずに恨めしそうに見れば軽くそう返されてしまった。

複雑な心境のまま、己の先を憂いて溜め息を溢す。

「他のやつのは吸わなきゃいいだろ。あんたは俺の血だけ吸ってればいい。その代わり、これからは隠し事なんてすんなよ」

「…お前」

「もっと頼ってくれよ…。あんたに信じてもらえなきゃ、俺は寂しい」

まさか左之の口から寂しいなんて出るとは思わず、それは左之なりの優しさであり本音でもあるのだと、肩口に頭を預けてくる甘えた仕草から感じ取る。

俺は似非物かもしれないが、どうやら本物の恋人を手に出来ていたらしい。

今度は浮かびそうになる涙を堪えなければならなくなり、そんな不覚は見せたくないから精一杯の礼を口にした。



「…馬鹿」



これからは少しだけ、肩を貸して貰おうかと考えながら。



―――

落ちなしー!?

…すいません。

ただ左之さんに口移しさせたかっただけです…。

ご不満なところがあれば修正しますので、是非仰ってください!


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