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※空也様のみお持ち帰り可。
広間の端の方、原田と楽しそうに話すアイツの姿が見える。
会話までは流石に聴こえなかったが、アイツにしては珍しいくらい穏やかな顔をして笑っていた。
一応形だけでも恋仲であると自覚している身としては、そんな姿を見て嫉妬…くらいはする。
しかしそれ以上に思うのは。
(…別に俺じゃなくても、それこそ原田だって良いんじゃねぇのか…?)
最近、そんなことをよく考えるようになった。
最初に好きだ、付き合いたいと言い出したのはアイツ…総司の方だった。
奴らしくもなく頬を染めて、それでも下唇を噛んで怒ったように告げられたそれは、アイツらしいと思った。
暫くは考える振りをして時間を置いて、いつもの嘘や冗談ではなく本気であることを確認させてもらった。
それからは真剣にアイツと俺の将来を考え、最終的には告白されて嫌だと思わなかったことが答えなのだと行き着き、総司を受け入れた。
恋仲となったことで必然的に一緒にいる時間が増え、それに比例して次第に奴が可愛く思えてくるようになって。
今更ながらに総司を視界にいれながらの毎日を送り、そうして漸く考えついた。
何故、総司は俺を選んだのだろう…。
よくよく思い出せば、あの時総司は俺が好きだと口にはしたが俺のどこをどう好きなのか、具体的には言わなかった。
以前は大嫌いだとそれこそしつこいくらいに言い続けていた癖に、どうして急に変わったのか。
告白されたあの日、確か近藤さんが大坂に向かったばかりだったはず。
そしてそれの護衛として、原田と斎藤が屯所を抜けた。
大好きな近藤さんと離れることをアイツは嫌う。
原田と斎藤もアイツにとっては数少ない理解者だった。
(ただ、寂しかった…?)
そう思ってしまうのは、ただ俺が自分に自信がないからか。
そしてもう一つ。
俺たちは未だに、肌を重ねたことがなかった。
そういう雰囲気になったことなら何度かあったが、アイツにその気がないのかのらりくらりとかわされてそのままだ。
もう、付き合いだして半年になるというのに。
公務を終えて屯所へ続く帰り道、草履で砂利を踏みながら思うのは、やっぱり総司はただ寂しさから逃れる為に告白などしたのでは…ということ。
本当は誰でもよくて…出来れば原田や斎藤がよくて、しかし俺しかいなかったから。
―――ぽつん、と頭に雫が落ちた。
「…あめ、か…」
まさに今の自分の心を表すかのように、次第に雨足が強くなっていく。
いつの間にか、足が動かなくなっていた。
こんなに苦しいなら、止めてしまえばいいのに。
今のうちに、冷たくアイツを振ってしまえばいいのに。
もしかしたら、アイツはそれを望んでいるのかもしれないのに。
けれどもう、俺には出来なかった。
それくらい、惚れてしまった。
「…総司…」
くらくらして、頭が痛い。
動悸が激しくて、気持ちが悪い。
目眩がして立っていられなくて…突然目の前が真っ暗になった瞬間、このまま雨に溶けて全てが無くなってしまえばいいと少し思った。
―――土方さん。
慣れた声音が俺の名を呼んでいるような気がする。
「…う」
「土方さん!」
徐々に浮上してくる意識の中で、必死に俺を呼ぶ声がアイツのものであるように感じるのは、果たしてただの幻聴なのだろうか。
そういえば俺はあれからどうしたのか、それすらも曖昧なままだ。
またも沈みそうになる五感を何とか叱咤して、異常な寒さと視界からくる明かりに眩しさを感じつつ、無理矢理暗闇に終止符を打った。
「土方さん!よ、良かった…」
「…そ…じ…?」
幻聴だと思っていたそれは、どうやら現実だったようだ。
開けた視界の先には、今にも泣きそうな顔をした総司がいた。
「なに、してるんですか…!こんな冷たくなって…」
久しぶりに傍に感じたアイツの気配にもっと近づきたくて身体を起こしかけたところで、思わぬ力で大きな身体がぶつかってきた。
「総司?」
「いつまでも帰ってこないから、みんなで捜して…。そしたら真っ青な顔して雨の中倒れてるの見つけて…!誰かに斬られたのか、それとも本当はどっか具合でも悪かったのかって…」
「…悪い」
あまりの気迫に謝るより他に術はなく、ただほんの少しだけ与えられた温もりが心地よくてその背中にそっと手を触れた。
総司がこんなにも心配してくれるとは思っていなかった。
いつものように弱味を見せるのを嫌ってさも何事もなかったかのように振る舞って、俺のことなど興味もないように距離を置いてくるとばかり思っていたのに。
その距離を慮ってあんなに悩んでいたのが嘘のように、触れた温かさが無性に愛しかった。
「…ずっと、お前が本当はどうしたかったのか考えてた」
「え…?」
俺も大概素直な方じゃないし弱味だって見せたくないが、それでも少しでも近づけるならこのちゃちな心をさらけ出してやってもいい。
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