初めての感情


※玉兎様のみお持ち帰り可能。





子供の癖に、と思っていた。

生意気で、尊敬する近藤さん以外には心を開かない。
他人に対する構えは俺にも似たようなところがあったから、別にそれで良かった。

けれど他の奴らには決して向けない、俺に対してにしか見せない剥き出しの見栄っ張りと頑固な警戒心は、子供にしては異常だと言える程。
段々とその眼差しが心地良くなっていき、仕舞いには心配してしまっていた。

将来、アイツは独りになってしまわないだろうか…と。

孤独などどこ吹く風で、それが普通になってしまうんじゃないか、と。





義兄が家に開いていた道場で、生涯の友と呼べる人に運良く出逢えた俺は、それからというもの実家よりもそこと親友の道場にばかり行く日々が続いた。
薬の行商の合間、ふらりと立ち寄って長居したと思えば、またどこかに旅立つ。
そんなことを繰り返しながら、密かに『このままでは終わりたくない』という思いだけをひたすらに抱き、けれど何の足掛かりも見出せぬまままた親友の元へと足を運んだ。

親友…近藤さんも、俺と同じ思いを抱いていたから。

その溢れ出ては収まりきらない切なさが誰かに理解されたことが、少なからず嬉しかったのかもしれない。

そうして潜った門扉の直ぐ傍で、俺は初めてアイツに出逢った。



「…どちら様ですか」



刺々しい視線を送るその子供は、近藤さん肝煎りの一番弟子。
しかしコイツに抱いた第一印象もその後変わっていった想いも、そんなことに何の影響も受けたりしない。
邪魔をするなと噛みつかれれば、餓鬼が粋がるなと鼻で笑ってやった。

…子供の癖に子供らしくないソイツが、影で血の滲む努力を重ねて精一杯背伸びをして大人の中に紛れていたことに気づくまでは。





しかし、何度目か…今では既に定番となってしまったそのやり取りが、ある時全く発生しなかった時があった。

幾ら皮肉って煽ってみても曖昧な返事しかせず、上の空。
怪訝に思った俺は道場に滞在していた暫くの間、なるだけ総司を観察することにした。

するとどうだろう。

あの総司が真面目に鍛錬を繰り返し、先輩らの理不尽な折檻からも逃げずに受け止め独りきりで立っていた。
そして総司は、見る見るうちにどんどん強くなっていったのだ。

ただひたすらに近藤さんの背中だけを見て追うそのひたむきな姿は、残念ながら俺は嫌いではなかった。
だからこそ、見て見ぬ振りを決め込むことにした。
相変わらず俺に突っかかってこなかったのは気になったが、俺がアイツを見ることを止めない限りは、きっと何かあれば直ぐに気づける筈だから。





「…総司」
「…何ですか」

夕焼け空に朱く染まった頬には、また生新しい傷が増えている。
目を吊り上げて精一杯睨んでいるつもりであることは、最近になってわかるようになった。

何のことはない、ただ単に俺を睨んでいる心のゆとりが無くなりかけているだけのことだった。

「何でもない。ただ、明日にはまた出かけるから…」

本当は、沈んだ背中を見ていられなくて無意識に声をかけただけで、何か話をしたかった訳じゃない。
ましてやこんな互いにとってどうてもいいと簡単に吐き捨てられるような内容など、律儀に報告する意味すらないのだ。
だと言うのに総司は無言で目を見開き、そして顔を俯けた。

「…総司?」
「………」

さっきよりもより一層、背中が小さくなった気がした。

「…何か、あったのか」

ゆっくりと、頭を振る。

「…じゃあ、どうしたんだ」

きゅ、と膝の上の手のひらが着物を握り締める。

「僕は…」

聞こえるか聞こえないかの小さな声で、震える声音を必死に抑えながらこっちを見た。
碧の双眼に映る自分が揺れている。
コイツにしては珍しく…と言うよりは寧ろ初めて、気弱で不安な姿を見た。

「…総司?」
「………」

口にすべきか悩んでいるのか、口を開いたり閉じたりしているのを黙って見つめる。
暫くして、ちらと俺を見上げた後溜め息を零してそっぽを向いた。

「…こ、近藤さんが…」
「…?」
「………し、暫く出かけちゃう、って…」
「…え、…あぁ…」

そう言えば、そんな話が出ていたなと今思い出す。
確か、近隣の道場に話し合いをしに出かけるらしい。
いない間の試衛館の切り盛りは、代が行うと、二人が話しているのを耳にした覚えがあった。

そして、それで合点がいった。

総司は、大好きな近藤さんが不在になることに不満…そして不安を抱いているんだろう。
独りになる、そんな想いが無意識に湧き上がったのかもしれない。

そう考えて、何だかこのこまっしゃくれたガキが少し可愛く思えた。

「…だったら、俺がいてやろうか?」
「…え?」
「近藤さんが帰ってくるまでいてやろうか、って言ってんだよ」

思いつきで口走ったものだったが、割と本気だ。

俺は道場の人間じゃないし、近藤さんの代わりになんか全くもってならないだろう。
しかし総司の傍で、ヤツが満足出来るくらいには相手になってやれる。

「…い、いいですよ!だいたい、あなたがいたって…」
「そうか。じゃあやめる」
「え!?」
「何だよ」
「い、いえ…うぅ…」

俺に負けないくらい意地っ張りな総司がわかりやすく困っているのを見ると、内心ニヤニヤが止まらない。
そして、そんな姿に本格的に心が決まった。




あの頃、まだ俺たちは互いを知らなかった。

あの時差し伸べた手も、ただほんの気まぐれ。

しかし、それがきっかけになったことは確かなのかもしれない。



「…総司」
「何ですかぁ?」
「俺のいない間に勝手に部屋に入って寝るな」

あれから総司は、俺の傍で俺に甘えたい放題に育った。
相変わらず憎たらしいことこの上ないが、今ではそれと同時に愛しさまでも湧くようになった。
残念ながら、総司の甘えは一般のそれと違い決して可愛いものではないが、それでもそれが総司なりの心の開き方なのだと思えば悪くない。



「全く、こんな筈じゃなかったんだがな…」

ほんの少しの興味が、今の二人を創ったんだろうか。
そう思うと、何だか可笑しい。

そのつもりで出した溜め息混じりの苦笑を、ヤツは顔をしかめて俺を咎めてくる。

「…何ですか?」
「何でもねぇよ。ただ、ちょっと昔を思い出してただけだ」
「…ふーん…」



あの後直ぐに、近藤さんの元に向かい暫く残ると告げた。
特に理由は追及されることもなく、近藤さんは珍しいなと一言発しただけで終わった。

その日からだ、総司は無断で俺の部屋に入り始めたのは。





一日の始めから憎まれ口を叩き、俺の知らぬ間にめきめきと強くなってあっという間に俺を越えた。
身長も生意気に俺を越し、しかし相変わらずの憎たらしさだけがいつまでも健在している。



そしてそれと同時に…溢れるくらいの愛しさも。






変な終わり方?

でも、土方さんにはただ総司を見守って欲しかったので。

待たせた挙げ句、こんな出来で申し訳ありません!!


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