旗上げられた白


※ぺこ様のみお持ち帰り可。





僕の好きな人は、毎日毎日仕事仕事の仕事人間。

それが全て、新選組の運営と近藤さんの為であることは重々承知しているし、僕だって初めの頃は顔を見られれば、一言でも話が出来ればそれで良かった。

でも人間っていうのは、本当に貪欲なものだ。

いつの間にか自分のものだと心は思い込み、僕を優先しないことに不満が溜まっていく。

我ながら勝手だと思うが、僕はその気持ちに抗う気は無かった。

一緒にいて欲しいと望んでいることをわかって貰わなければ、この先も同じことの繰り返しになるに決まっている。

だからこそ、僕は遂に実行に移した。

書き置きを土方さんの部屋に残し、自分の部屋に閉じ籠る。

土方さんがやって来たのは、それから何刻も後のことだった。





うっかりうたた寝をしてしまっていた僕は、ドカドカと床を揺らす音で目を覚ました。

「総司!何だこれは!?」

普段だったら僕とは違ってちゃんと部屋の主に許可を取ってから入るような生真面目な土方さんが、今回は問答無用で戸に手を掛けて来たので慌てて応戦する。

障子戸の縁がギシギシと嫌な音を立てるが、そこは気にしない。

ここで負ければ、全ての意味が無くなってしまうのだから。

「何って、置き文ですよ!見ればわかるでしょ!」

「そんなこと訊いてんじゃねぇんだよ!何なんだ、この『暫く距離を置きましょう』ってのは!」

「そのままの意味ですよ!」

柔な障子を境に攻防を繰り広げつつ、口も休まずに戦う。

ある意味では、街角で浪士と斬り合うよりも手に汗握るやり取りだった。

「突然何なんだ!ちゃんと説明しろよ!」

「こんな時ばっかり構わないで下さいってことですよ!」

「はぁ!?」

多摩のバラガキと呼ばれただけあって、元々の気質は短気。

いつもは冷静過ぎるくらい冷静な癖に、公事でも何でもないこういう場ではすぐに頭に血が昇ってしまうらしい。

僕の前で肩肘を張らないで腹を割ってくれているのはそれなりに嬉しいが、今に限っては話が通じ難くなるのは困る。

何とかしようとして、とりあえず手を離してみた。

「のわっ!?」

当然ながら大きな音を立てて戸が開き、それに驚いた土方さんが一瞬怯んだのが見える。

「…今日はもう良いんですか」

「良いって…何が」

「…筆を握ったり、誰かに会ったりだとか」

こんなにすぐに言ってしまうつもりは無かったけど、僕に構う時間がなかったらと嫌味も半ば含んで訊いてみる。

相変わらず、土方さんは目を見開いて固まったままだった。

「…お前、まさか」

そうして漸く、石頭の彼の人にも僕の意図が伝わったらしい。

土方さんの目に一瞬呆れたような色が映り、溜め息でも吐かれて帰っていく…なんて予想もした。

長い付き合いで、この人が相当の分らず屋であることも熟知していたし、そうなったら結局、僕は泣いたり暴れたり喚いたりしながらみっともなく縋るしかないのだろう。

僕自身、これが我儘であることは十分に理解している。

だから、起こしたこの一揆も初めから成否なんて関係ない。

これもまた、僕がいつもやる構って貰う為の手段に過ぎないのだから。

けれど土方さんは僕の予想に反して、呆れの色を直ぐに潜めて今度はやけに真剣な顔つきをしながら無言で近づいてきた。

今度はこっちが焦る番。

ちょっと後ろに下がってみたりした。

「…てめぇは」

本気で怒鳴られる雰囲気を察して、覚悟を決める。

呆れられて無視されたり嫌われたりするよりはマシだが、これはこれでどうなるかわからない。

土方さんに怒られた場合大概の人は腰が引けるみたいだけど、僕の場合は反射的に対抗してしまうから。

いざとなったら自分を抑えられるように、自制を心がける。

心持ち、姿勢を正してみたりもした。

「…てめぇは」

「何ですか」

「てめぇは…!心配しちまったじゃねぇか…!」

「…心配?」

「他に好いた奴が出来たのかとか、考えたんだよ!後は、やっぱり女の方が良かったと思ったのかとか…」

そう言うなり土方さんは、僕を抱き締めてきた。

触れた身体から、早く脈打つ心の臓の鼓動が伝わってくる。

「俺がお前を蔑ろにしてたからこんなことしたんだよな?何か他に理由はないよな?」

「…ありませんよ」

そうか、良かった…と。

そう呟く声が耳元で聴こえて、そこで初めて僕は土方さんの背に腕を回した。

どうやら僕が起こした一揆は、想像以上に土方さんを揺さぶってしまったらしい。

ちょっとだけ後悔して、だからちょっとだけ素直になってみる。

久々の抱擁は、とても温かくて気持ち良かった。

「…僕、土方さんのやることの邪魔をする気は無いんですよ」

「あぁ」

「ただ、僕が隣にいること忘れないで欲しくて。一緒に…いて欲しくて」

「わかってる。悪かったな」

さらっと頭を撫でられて、もうそれでどうでもよくなる僕は相当の大馬鹿だ。

恋は盲目、とはよく言ったものだと思う。

ならば馬鹿ついでに、この際徹底的に甘えてやろうと更に身体を擦り寄せた。

「…で、今日はもう大丈夫なんですよね?」

「このまま戻るのは、俺が堪えられそうにねぇな」

そう言わしめさせたことに満足しながら、目を瞑る。

とりあえず、この後の土方さんの一日は僕だけのものになった。



―――

長い話にするか短めにするかで悩みました。
そうしたら何だか定番というか、土沖の基本みたいなとこに漂着しました。

駄文、申し訳ありません。
ご注文、ご要望ございましたら承ります。

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