喫茶・誠屋にてB
「近藤さん、洗い物は終わったぞ。次は何すればいい?」
「あぁ、有難う。それじゃあ店の回りを掃除してくれるか」
俺の店の前で倒れていた男子…井吹龍之介君が、ここで暮らすようになって二日目。
どうせ住まわせるなら働かせてはどうか、と山南君が言い出し井吹君もそうしたいと言ってくれたので、住み込みのアルバイトという形で仮だが雇ってみることにした。
予想していた通り、もう一人の親友もあれからすぐに電話をかけてきた。
何を考えているんだとか気を付けろだとか散々言ったあと、お人好しだと井吹君と同じことを言い放ち、最後に近い内に様子見に来ると告げて通話は途切れた。
そうは言っても、この二日間一緒にいて井吹君はよくやってくれていると思う。
口は悪いが根は真面目、というところだろうか。
言われたことはちゃんとこなすし、終われば今のように次の指示を待つ。
きっとあいつも、彼の仕事振りを見れば何も言わなくなるだろう、そう思っていた。
皆来る時は何人かで一緒に来ることもあるし、一人でふらっと現れることもある。
大抵は後者が多く、今日もその例に洩れなかった。
「ふーん。そんな事情がねぇ…」
今目の前に座る背の高い男の名は、原田左之助。
彼は頼んだものを給仕に来た井吹君を一瞬値踏みするように見て、その後は親しそうに肩を叩いた。
「ま、頑張れよ」
「あ、あぁ…」
気後れしたように気の抜けた返事をした井吹君がそそくさと裏に入ってしまい、残された原田君は苦笑いを浮かべる。
初対面でも物怖じせずに誰にでも気さくに声をかけられるのが彼の最大の長所なのだが、井吹君は少々人見知りをするようですぐには受け入れられないのかもしれない。
原田君もそんな彼に気分を害した様子もなく、気がついた時には既に違う話をしていた。
「今日は…あの人来てないんだな」
「…ん?あぁ…近頃忙しいみたいでな」
「そうか…そりゃ残念」
原田君が言う『あの人』にすぐにピンと来て答えれば、本当に残念そうに嘆息する。
何故かここのところ、彼はこんな様子を見せることが多かった。
そんなに会いたいのか…なんて思ってしまうほどだ。
「何か話があるのなら、連絡を取って待ち合わせればいいだろう」
「いや、それじゃ意味ないっていうか…。別に具体的に何か話をしたい訳じゃないんだ」
彼にしては珍しい歯切れの悪い答え方に首を捻りながら、食べ終わった後の食器を受けとる。
井吹君を呼んでそれを任せた後、俺は食後の一杯を淹れてやった。
「…それにしても、よくあの人怒らなかったな。あいつを拾って」
俺のみならず原田君までもが考えたことが可笑しくて、ちょっと笑ってしまった。
まぁあいつのことを知る人間の大半は、きっと同様の反応を示すだろう。
「もちろん怒られたよ。…何考えてんだあんたは!ってな」
「ははは。まぁ、そうなるだろうな」
原田君も想像したのだろう…面白そうに笑って珈琲を飲んだ。
原田君が帰ってから店仕舞いをし、井吹君と遅めの夕食を取る。
向き合って座って口にしたのは、どこにでもありそうな普通のオムライスだ。
それでも彼は、丁寧に食べて最後には必ず『美味かった』と言う。
「如何にも普通だろう?」
そう問えば、
「普通…かもしれないけど、やっぱり美味いよ」
そう言った。
ここに辿り着くまで、彼に一体何があったのか。
それはまだわからないが、こんな風に言ってくれる彼が悪い人間であるとはやっぱり到底思えない。
「…なぁ、井吹君」
「何だ…?」
彼が果たして何者なのか、それを知りたいと思わない訳はない。
しかしそれを問うことが、決して良いことではないとわかっている。
いつか、話してくれることがあるだろうか。
「君さえ良ければ、正式にアルバイトとしてここで働かないか?」
「……いいのか……?」
すぐに人を信用するなと友は言うが、俺には俺なりの根拠がある。
それに何だか、家族が出来たみたいでちょっと浮かれている部分も少なからずあった。
「…ほんと、あんたはお人好しだな…」
そんな言葉は、最早耳にタコができるほど聞いた。
「明日から、改めて宜しく頼むよ」
「…あぁ」
井吹君を、俺の一番の親友に必ず紹介しよう。
…そう思った。
―――
頭の中に構図は出来てるけど、上手く進まない…
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