守りたかった幸福



トシ、俺を…解放してくれ―――




それはまさに悪夢のようだった。

近藤さんの為に、新撰組の為にと日々奔走して過ごした…京。

そしてそんな自分の矜持を守る為に必死だった、転戦地…江戸。

甲府で敗け左之と新八が抜け、流山で近藤さんは遂に俺に言った。

…もう疲れた、と。

何であんたが諦めるんだ俺はまだ諦めていないのに、あんたがいる限り俺はいつだって何があったって何度でも立ち上がってみせるのに。

疲れたって何だよ、あんたを上に上げたいってみんなで願ってそれが俺の希望だったから頑張ってきたんだろ。

解放してくれって…俺は、あんたを縛りつけてたってのか。

もう…考えたくない。

結局俺は、そう言わざる終えなかったあの人に何も言えなかった。

切腹すらさせてやれず、あの人を見捨てて逃げたんだ。

昔から気づいちゃいたが、俺は狡くて最低の人間だと改めて思う。

そういや、あいつもいつもそう言っていたな。





例えば…あいつが、総司が一緒にいたら少しは違う未来だったのだろうか。

いつものちょっと強引なあの調子で、あの人をもう一度いるべき場所に戻せたんだろうか。

誰よりあの人と一緒に居たがったのに、一緒に連れていってやれなかった。

天に選ばれた剣の才を、最後にはあの人の為に振るうことも叶わずに、動けなくなってしまった身体を持て余しながら一体何を考えていたのか。

いつも近藤さんの隣にいるからと俺を嫌いだと言って、明らさまに悪戯や邪魔をしてきたあいつを最終的には憎めなかった。

そんなものとは関係なく、俺の前でただ無垢に笑っていた日々も確かにあって、その顔を忘れられずに今もいるから。

土方さん、と呼ぶ声がいつまで経っても耳に残っている。





死にたい、といつの日からか漠然と思うようになった。

そういう素振りを見せると大鳥さんはいつも怒るが、それでも一刻も早くみんなに逢いたかった。

死ぬ場所なんてどこでもいい、そこが戦場であれば。

戦で死ぬことが叶わなかった二人の為にも、せめて武士として死ねれば。

そんなことを考えながら、しかし宇都宮でも会津でも宮古でも函館でも、死ぬのはいつも俺以外のやつだった。

死ぬ為に戦う俺は生き、生きる為に戦うやつが死んでいく。

誰かが死んだと聞くたびに、身体から何かが抜けていく感覚に襲われた。

それが特に、新撰組のやつだった時には最悪だ。

箱館まで一緒に行って、新撰組から離れた俺に戻ってきて欲しいと必死に願ってくれたあいつらを、俺はまた守れなかったのだと…そう感じるたびに無性に泣きたくなった。

京にいた頃には下にいた隊士なんて名前どころか顔すらもわからないことがあったのに、今はみんなこの心が記憶している。

だからこそ死にたいと思う一方で、あいつらに対する感謝の気持ちが増していった。

友も仲間も失った俺に最後に残された、ただ唯一のもの。

『新選組』だけが、俺の心の拠り所だった。





「土方君!」

「止めても無駄だ大鳥さん。俺は行く」

新選組がいる弁天台場が孤立したと五稜郭に報せが入った時、俺の中に迷いなど生まれなかった。

いつもより更に迅速に準備を整え気がついた時には馬上に跨がり、必死に訴えてくる大鳥さんを見下ろす。

「死にに行くようなものだ!いくら新選組がいるからって…」

「馬鹿野郎。死ぬ為に行くやつなんかいないだろ。助ける為に行くんだ」

「嘘だ!君はずっと死に場所を探していたじゃないか!僕だけじゃない、それこそ新選組のみんなだってそんな君を心配して…!」

全く、大きなお世話だ。

たかが同僚、たかが上司と部下という立場でそこまで心配される筋合いなんてない。



それでも目頭が熱くなってきて、それを見られる訳にもいかないから前を向く。

いかにも、あんたの話に耳を貸すつもりはないという態度で。

「…大鳥さん、俺にとってあんたは…」

きっと、大鳥さんと話をするのもこれが最後だろう。

素直じゃない、とよく総司に言われたのを思い出しながら、澄んだ空を見上げた。

総司、平助、斎藤、左之、新八、山南さん、源さん…近藤さん。

次々に浮かぶ顔が、みんな俺を呼んでいる。



「…あんたは、俺にとって………あいつらと同じ存在だったよ…」



馬を蹴って走り出す。



今まで見送るばかりだったが…。



見送られる立場ってのも、たまには悪くねぇな。





―――

まさかのcp要素なし。

でも一度でいいから大鳥さんに土方さんを見送らせたかった!

一応、お持ち帰りは自由です…


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