喫茶・誠屋にてR

かくかく然々で…以下略。

やけに真剣な顔をして相談がある、なんて近藤さんに肩を叩かれたから何かと思えば、内容は井吹のことだった。

どうやらこの人は、この期に及んで今更井吹に不信感を抱いたらしい。

「いや、違うんだ。俺は井吹君を信用しているよ。彼はとても良い子だ」

「あぁそう…」

不信、なんて言葉は絶対に違うと意気込んで否定しながら、今度は肩を落としている。

「俺はただ…。彼が何か背負っていることに気づいているのに、何も出来ない自分が歯痒いんだよ」

「要は、寂しいってことか」

何も言ってくれないから、心を開いてくれていないと感じる。

人が良いこの人は、きっと人間の裏側なんて存在しないと思っているんだろう。

世の中近藤さんみたいな善良な人間ばかりじゃない。

俺や、総司みたいに腹黒い奴だって大勢いる。

「…と言っても、彼奴はどっちかって言うと近藤さんタイプだよな…」

「俺タイプ?」

「いや、こっちの話だ」

近藤さんに比べて世間や人間を知っているとは思うが、素は裏表のない性格だと思う。

総司の件で世話になった贔屓目を抜きにしても、今なら俺も多少の信用は置ける。

「…で、俺に訊けと?」

「いや…。どうしたらいいのかと思ってな」

「そんなもん、やっぱり直接訊くしかないんじゃねぇか。もしくは探偵でも雇うか」

それは流石に…なんて頭を掻いている近藤さんを視界に納めながら、腕を組む。

この人がこうなるのは大体予想していたし、自分がこの人に甘いのも理解している。

代わりに井吹に訊いて欲しいと頼まれればやってしまうんだろうが、恐らく近藤さんは望まないだろう。

井吹に気を遣っているから悩んでいる訳で、どうせ直接尋ねるなら自分が、と…この人はそういう人だ。

「向こうから言ってくるのを待ってたら、いつまで経っても解決しそうにはねぇな。かと言って、直接は駄目か…」

「井吹君は、あんなに良い子なんだ…。是非とも幸せになって貰いたいもんだ」

「幸せって、あんたは親かよ」

庇護欲に駆られるのは構わないが、あれでも平助や総司と同じくらいの歳の筈だ。

しかも生娘なら未だしも。

「まぁ、あんたなら良い親になりそうだけどな」

「そうか?いや、俺は武骨だからな…」

「とにかく、遠回しにいってみるか。もしくは酔わせて吐かせるか」

後者なら俺も嵌まりそうで怖いなんて考えながら、やる側に回るなら是非に手伝いたい。

かつて故郷に捨ててきた、ガキだった頃の悪戯心がムクムクと顔を覗かせてくる。

「酒…。何だかなぁ…」

「じゃあ、他に何かあるのか?」

「う、む…」

探偵雇うよりはマシだろ、と続ければ、それ以上は何も言わなくなる。

「ま、笊だったら失敗だし、酔っても口が堅い奴もいるからな。確実とは言い難いが」

山南さんに相談するよりは、少なくとも良心的な筈だ。

問題は、俺も近藤さんもどちらかと言えば下戸だということくらいか。

「何がなんでも、彼奴より先に寝ることだけはナシだぜ」

出来る忠告と言えば、これくらいしかない。

最近、総司のせいで鬱憤だけは溜まっていたから、こういう面白そうなネタは持ってこいと言える。

決して近藤さんを前にして口には出来ないことだが。

「じゃ、今度の金曜日。決行ってことで」

「あ、あぁ…」

未だに乗り気になれないらしい近藤さんを丸め込み、俺は席を立った。

我ながら、俺は腹黒い。





とは言え、井吹が笊だったら確実に酒代が無駄に終わる上に俺たちの負けだ。

戦うにはまず敵を知ることだと、とりあえず密偵を差し向けた。

気がつけば勝手に意味のない勝負を吹っ掛けた気になっていることはわかっていたが、俺はどんな勝負でも負けるのは嫌いだ。

やるなら、徹底的に。

「…で、どうだった?」

「あぁ、井吹か?酒は呑めない、って言ってたが」

これは計算外だ。

『呑まない』、じゃなくて『呑めない』。

これでは、酒を勧めるという最初の門すら潜れない可能性が高い。

「…で、何でそんなことあんたが気にするんだ?」

無言で密偵こと原田を睨んでいると、それに肩を竦めながらも別段気にした様子も見せないまま訊いてくる。

残念だが、これを伝えることは近藤さんのことを考えると憚れる。

それに、こういう話はあまり人にいう気にはなれない。

楽しい話は、やはり独り占めが基本だ。

「いや、ただ何となくな」

「仲間でも捜してんのか?」

「は?」

「下戸の」

「ふざけんな」

馬鹿らしいやり取りの合間に先を考えるも、次の一手はそんなに直ぐに思いつかない。

いっそ、山南さんに薬でも盛ってもらおうか。

そんな危険な考えに、一瞬で首を振った。

呑ませるまでが、勝負。

井吹が下戸であることがわかっただけでも、今回は収穫だった。

俺たち下戸が思わず呑みたくなる状況を考え、まるで喧嘩や口論をしているかのような感覚に思わず口角が上がる。

まさに俺にとって、美味しい状況に他なら無かった。



―――

軍師っぽいというか、参謀っぽい土方さんを書きたかった。

そしたらただ黒くなった。


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