喫茶・誠屋にてQ

まさかの男同士の告白劇を目撃してから、早一月。

その間絶やすことなく、斎藤君は毎日ここに通い続けていた。

今日もちゃんとやって来た彼は、最早定位置となった窓際のテーブル席に座った。

ちゃんと注文を入れ食べ終われば帰るその一連だけを見れば、彼はただのお客さんなのかもしれない。

けれど俺は知ってしまった。

何を言わなくとも、彼はずっと井吹君に逢う為だけにここに来ている。

注文した料理が来るまで。

そして料理が来て食べ終わるまで。

彼の目は井吹君を見ていた。

あの日のようにはっきりと気持ちを口にせず、そして何らかのちょっかいも出さず、本当にただ見ているだけ。

それだから俺は、少し彼に同情してしまっている。

もちろん、恋というものは双方の気持ちが向き合わなければ意味がないとは思う。

井吹君が嫌だと言うのなら、例え斎藤君がどんなに健気にしていようとそれはもう先には進みようがない。

けれど俺には、あの時の井吹君も満更でもなかったように思えたのだ。

実際、断る時の言葉の中にははっきりとした拒絶の色は無かった。

斎藤君もそれには気づいていたし、だからこそ諦めないという言葉の通りにこうしてここにやって来ているのだろうし。

ならば何故そのような態度を取ったのか、それを突き詰めるならやっぱりあの時のあの言葉に理由があるのだと思う。



―――…俺さ、こう見えて色々抱えてるもんがあるんだ…。あんたや、近藤さんにすら言えてないことが…。



俺にも言えないこと。

井吹君が抱えているというそれが何なのか。

自分には話せないと背を向けられているようなその感覚に、どことなく寂しさを感じる。

距離を置かれている、それは間違いないだろう。

これだけ一緒にいて一緒に暮らしていても、俺では駄目なんだろうか。

俺では、彼の支えになれないんだろうか。

そんなことばかりを考えてしまい、知らず溜め息が零れていた。

「…近藤さん?」

お客さんも誰もいない店の中でふと洩らした吐息に気づかれない筈もなく、目の前にいた井吹君は心配そうに俺を見ている。

心配しているのは俺の方なのに、彼の目はどうしたんだと訴えてきていた。

「…井吹君、君は…」

過去は探らないと決めていた筈なのに、やっぱり尋ねておきたいと禁を破りたくなる。

やはり前にトシが言っていたように、彼は俺の思いもよらない存在なんだろうか。

「…いや、何でもないよ。そうだ、ちょっと買ってきて欲しいものがあるんだ。頼まれてくれるか?」

「あ、あぁ…。そりゃもちろん…」

言ってくれるのを待つなんて、そんな格好つけてもこの様だ。

それでも井吹君自身を知ることで信頼をおいて、だからこそ彼に信用されていないような気がする今の状況がもどかしかった。

とにかく一旦冷静になろうと彼に使いを頼めば、相変わらず心配の色を顔に残しつつも店から出ていく。

何だか追い出してしまったようで心が痛んだが、申し訳ないと内心で謝罪しながらいつものように皿を洗った。





それから暫くして、やっぱり今日も彼はやって来た。

「斎藤君」

黙って会釈をしていつもの席に腰を落ち着けた彼は、きっとメニューを見る振りをして周囲に意識を向けているのだろう。

そして今はいない井吹君を思い、肩を落としているのかもしれない。

その予想は当たりのようで、ちょっとした間の後に一言だけ洩らしていた。

「井吹は、いないようですね…」

俺のせいで斎藤君が目当ての人物に会えなかったんだと思うと、それはそれで申し訳なく思う。

「…使いをな、頼んだんだ。悪いが少し待っていてくれ」

半ば無意識に答えていた。

ほぼ独り言に近かったそれにまさか返事があるとは思わなかったのか、斎藤君は目を見開いて固まった。

「…あ。いや、何を謝っているんだろうな俺は。ははは…」

どこをどう見たって斎藤君は井吹君に逢うためにここに来ているのに、それでもはっきりとそう言った訳じゃない。

斎藤君自身、回りに気づかれていないとでも思っていたのか。

そうだったら驚くのも無理はない。

「…宜しいのですか」

「え?」

「俺が井吹に逢うために、ここに通いつめていることは」

斎藤君は俺が反対しているのだと思っているのか、伺うように視線を向けてくる。

この間の告白劇では、あんなに強気だったのが嘘のようだ。

「…井吹君の同意がないなら、仕方がないが俺は君を追い出しただろうな」

「同意は…得られていません」

「そうだね。だが拒絶したようにも思えない」

「…拒絶していたのでは?」

「君と同じだよ。はっきりと君が嫌いだと告げていた訳でもない。あんな風に意味深にされれば、俺としても何も言えなくなる」

井吹君の口から発せられた言葉は、斎藤君のみならず俺に対してもはっきりと距離を置くものだった。

彼の事情がわからない以上その心情だってわかるはずもないし、だからどっちに偏った見方も出来ない。

そう告げれば、斎藤君はもうそれ以上何も言わなかった。

人とは割りと直ぐに打ち解ける自信が少なからずあった俺は、こんな時どうしたらいいのかわからなくなる。

そうしてそんな時に直ぐに頭に浮かぶのは、やっぱり頼りになる親友の顔だった。

「…トシに、相談してみるか…」

言われる言葉は想像がつくが、それでも敢えて話をしたいとそう思う。





井吹君が帰ってきたのは、それから一時間も後のことだった。



―――

ちょっと話を進めようかな。


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