喫茶・誠屋にてP

冗談じゃない、と言うかあり得ない。

しかしあの時俺を見つめていた瞳は真っ直ぐで真剣で、決して冗談じゃないことを物語っていた。

だからこそ、質が悪い。

「…大体、土方さんとの仲を疑う…って」

まさかあの場面を誰かに見られていたとは思わなかった。

しかも、寄りによって…斎藤。

今までの挙動不審さは全部そういうことだったのか。

そして俺が土方さんといたところを見て、ああ言ってきたのかもしれない。

土方さんとってのもそうだったが、そもそも俺自体には惚れた腫れただとか、ましてや男相手にそういった感情を持てるような余裕が、今はまだない。

やっとあそこから抜け出せて、近藤さんという良心に出逢えて上手く生きられるようになったんだ。

しかしそれだって、いつまで続くかわからない…仮初めの平穏。

これ以上のしがらみなんて、元より作るつもりだってない。

「あいつには悪いけど、きっぱり振るしかないよな…」

そうした方が、きっとあいつの為にもなる。

冷静になった頭で出した結論をもう一度脳裏に反芻しながら、心を鬼にして店に足を向ける。



俺という人間は、他のやつの人生に近づいちゃいけないんだ。





「い、井吹君!」

店のドアを開けて中に入るなり、心配そうに眉を八の字にしている近藤さんと目が合った。

大丈夫、とこれまた目で挨拶して、そのままさっきの席に視線を移す。

斎藤は、まだそこにいた。

「…斎藤」

「井吹…」

相変わらず大真面目な顔をして俺を見るその蒼の双眸に映る俺の顔も、今は真面目な顔をしていた。

「…俺さ、こう見えて色々抱えてるもんがあるんだ…。あんたや、近藤さんにすら言えてないことが…」

本当は、近藤さんがいないところで話すべきだったのかもしれない。

しかし変に間を空けてしまって後で面倒になるくらいだったら、今話してしまいたい。

心の中で近藤さんに謝りながら、話の先を続けた。

「男が嫌だとか、あんたが嫌だとか…そんなこと言えるような立場でもないし、気持ちの余裕もないんだ。だから…悪い」

今まで生まれてこの方したことがなかった、腰を曲げて頭を下げるという行為を初めてやった。

そういう対象として見れない、なんて安易に突っぱねることが出来なかったのは、きっと少しでも俺の心が喜びを感じたからかもしれない。

必要とされる、そういう存在意義を与えられたことによる…喜びを。

それでも、それ以上に恐怖の方が強かった。

「…井吹。そんな言い方ならば、俺は諦めたりしないぞ」

「それは…」

何で俺なんか好きだと言い出したのかわからないが、そういう返しは予想していた。

しかし嬉しいと欠片でも感じている身で、嘘や虚言を使える程の器量を俺は持ち合わせていない。

「…あんたが幾ら言い続けてくれても、俺にはそれに応える気持ちはない」

結局は、そう言うしかなかった。





それから何度か同じような言葉を繰り返して、やがて今日はこれまでという形で斎藤は帰っていった。

それに伴って店も今日の営業を終え、飯を頂いてそのまま与えられた部屋に引き籠った。

近藤さんが何か言いた気にしていたのはわかっていたけど、今は何も話せないし、問われる前に逃げ込んだというのが正解か。

「…もし、あの人が俺を捜したりしたら…」

俺のことなんて時間や金を使ってまで捜したりなんてしないだろうとは思うが、それでも不安は尽きない。

万が一追ってきて、この場所を知られてしまったら。

近藤さんにかかる迷惑を考えると、やっぱりここにいてはいけない気がする。

けれどあの人のあのお人好しぶりが、今の俺には心地いいことは確かだ。

ここにいたい、その思いと同じくらいの気持ちで、ここにいてはいけないと思う。

困ったことに、その気持ちは片方が大きくなればなる程に比例して、もう一方も大きくなってしまう。

「…まぁ、あの人が捜すとも限らないし…」

俺が何か重要な情報でも握っているなら話は別だが、そういう訳でもない。

来るか来ないかを考えるなら、ギリギリまでここにいたい…そう結論付けた。

それまでの間、せめて近藤さんとこの店以外のしがらみは作らない。

それだけを念頭に入れて。



―――

はじめ君、玉砕。


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