あの光を見て


「…総司。土方さんを…頼む」





たった一言。

それだけを告げて、いきなり風のようにやってきた左之さんは、風のように去っていった。

「…何、今の…」

訳がわからなくて、そんなことしか口から出ない。
ただ呆然と障子を眺め、暫くの時間が何の意味もなく過ぎていくのを黙認してしまった。

それからはたと気がついた時、それが左之さんからの最後に残されたたった一つの願いなのかもしれないと思い立った。
結局僕たちはみんな、形はどうあれあの人の幸せが延いては自分の幸せなのだと考えている節がある。
僕はもちろん、左之さん…そしてきっと斎藤君も。





みんなの願いを理解してから行動に移すまで、そんなに時間はかからなかった。
行動力だけは、僕も自信がある。

「これでよし、と…」

急いで身支度をし、誰にもバレないように忍び足で部屋を出る。
気配を消して、夜の巡察担当と会わない頃合いを見計らって屯所を抜けた。

部屋の机には、

『捜さないで下さい』

これから僕は、近所にあるあの場所に向かう。





あの置き手紙が見つかるのは、恐らく早くても明朝だろう。
幹部の誰かが見つけるなり平隊士の誰かが見つけるなりまず間違いなく、隊を仕切る土方さんの元に行く。

『捜さないで』と書いておいたが、その言葉の裏はあの人ならば直ぐに読み取ってくれる筈だ。



『捜さないで』は『捜してくれ』。



捜してくれと言われて見捨てられる程、あの人は出来ていない。

そしてあの場所を予想してくれるのは、やっぱり土方さんしかいないんだ。





「…さむ」

目的地に着いて早々、あの日と同じ台詞を吐く。
お宮の傍らに腰掛けて空を見上げれば、優しく瞬く沢山の星々が見渡せた。

(土方さんみたいだ…)

そんなことを思い、しかし直ぐ後にはこの世のどんな物も土方さんに直結するんだと思い直す。

咲き誇り舞い散る桜の花、朝にさえずる鳥、頬を撫でる風、旅人を導く夜なべの月…そして、空から僕らを見守る煌めく星。

諦めても諦めても、やっぱり大好きなんだと改めて思い知らされる。
来てくれるかどうか本当は半ば賭けでもあるものの、これは自分への試練でもあった。

どんな結果になろうと、それが土方さんの選んだ道…運命の道であるならば、僕は甘んじて受け入れよう。

きっと、それが土方さんの『幸せ』だろうから。





徐々に、体温が下がっていく。

身体をさすっても、その手のひらに感覚が無くなっていて今にも凍りそうだ。
ちゃんと指先まで血が通っているのかと不安になりながら、ただひたすらに待つ。

あの日とは違う、季節の流れを感じさせる温度。
そして目的の人物が訪れてくれる気配のない雰囲気に、次第に心も冷えていく。

(…土方さん…)

やはり、駄目なのだろうか。

左之さんはああ言っていたが、やはり本当は斎藤君でなければ救えないんじゃないだろうか…。

今までのこともあり、それは気丈にあろうとする心を簡単に押し潰した。

(…嫌だ…諦めたくない。…でも…)





「…うじ…」

必死に首を振って邪念を振り切ろうとしていた為か、その声に気づくのに僅かに遅れてしまった。

「総司」
「…え?」

いつの間にいたのだろう。
顔を上げた瞬間、そこには土方さんがいた。

あまりにも驚き過ぎて、悲鳴を上げかけた心が幻を見せているんじゃないかと、思わず目をこする。
何してる、やめろとその腕を掴まれてやっと、それが幻なんかではなく本物なのだとわかった。

「…来て、くれたの…?」
「…このまま離隊されても困るからな…」

微かに頬を赤らめて目を反らす土方さんは、僕と同じ。
素直じゃなくて頑固で、不器用。

目の前にいるその人が本当に本物なんだと思った瞬間、視界が揺らいで霞んだ。

「…何、泣いてやがる…」
「…だって。だ、って…!」
「お前の…離隊なんて、考えられねぇ…。ずっと、ここに…いろ」
「うん…うん!」

当然だ。
世界で一番大事な人がいるこの場所を、そう簡単に離れてたまるものか。
優しく包んでくれるこの腕があれば、僕はいつだって希望を持てる。

そこで漸く、気がついた。

僕の希望の光は、刀なんかじゃない。



土方さんという、たった一つ無二のものなんだ。



「…僕が、あなたを守る。僕の唯一であるあなたのように、あなたの唯一のものになる為に…」






やっとこさ!

次あたりが終わりかな?



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