喫茶・誠屋にてL

長年の片想いに終止符を打ってから、暫く。

まだ気持ちは残っていたものの、多少は割りきれるくらいの心持ちにはなったつもりだ。

だからだろうか。

思いもよらない相手に呼び出され、しかも恋愛に関する相談を持ち掛けられても、それを受け入れられるくらいの余裕も出てきた。





「…どうしたらいいと思う?左之」

最初は『原田さん』と呼ばれてむず痒くなり、名で呼んでくれと懇願して今に至る。

斎藤は、この間知り合ったばかりの、平助と総司の同僚だ。

今まで大して話をしたことも無かったが、何故か俺に相談しようと思い付いたらしい。

まぁ、平助や総司にはこの手の話はあまり期待できないという点では、大いに同意してやるが。

しかも誠屋ではなく、その近くの別の店が良いと言われ仕方がなく居酒屋の暖簾を潜った次第だ。

「…どう、って言われてもな…」

何で誠屋が不味いのか、その理由は話を聞いていく内に段々わかってきた。

「要は、井吹が好き…なんだな」

「…な!?何故わかった!?」

確かに斎藤は決して『井吹』の名前を口にはしなかったが、例えば…から続く話の内容は直ぐに連想させた。

むしろ、何故なんて言っているこいつこそわざとなんじゃないかと疑いたくなるくらい、分かりやすい。

「自分からバラしてんじゃねぇかと思ったよ…」

「…俺は、自分でもよくわからない。ただ…」

俺の独り言を華麗に無視して続けられたのは、俺にとっても驚くべき言葉だった。

「誠屋の前で戯れていた井吹と土方さんを見て、どうしようもなく苛々して…悲しくなった」

「……土方さんが?井吹と戯れる?」

そんな馬鹿な。

一瞬浮かんだ、二人が楽しそうに笑い合う光景を慌てて振り払う。

店に行くと仏頂面して出迎えるよくわからない井吹が。

そして近藤さん以外には本音を見せないあの土方さんが。

「…あり得ない」

「…そう、だろうか…」

「土方さんは井吹を選ぶタイプじゃねぇ…と思う。会話の内容は聞いてたのか?」

「いや…」

「ならきっと、近藤さんのこととかで単に話をしていただけじゃねえのか?」

こんなに必死になって否定しているのは、斎藤を応援しているからなんていう純粋な気持ちからだけじゃない。

まだ僅かに残る未練が、嫉妬なんてものを感じさせてくれることにちょっと笑えた。

俺には、そんな資格もないのに。

「…大体、土方さんは…」

近藤さんが好きだと言っていた。

そんな簡単に井吹に心が移るとは、とても思えなかった。

「もういっそ、直接訊いてみちまえば良いんじゃねぇか?男なら、当たって砕けろくらいの勢いで生きなきゃな」

俺は砕けちまったんだが。

少し泣けてきそうな気分を味わいながら、それでもその指針を変えるつもりは今のところない。

井吹のことはまだよく知らないが、案外上手くいくかもしれない。

だからこその言葉だった。

まぁ最終的には、斎藤も何かを決意したような顔つきで頷いていたので、どうやら背中は押せたらしい。



土方さんと井吹が一体何の話をしていたのかは気になるが、とりあえずはその時はそれで話は終わったのだった。





斎藤の恋愛相談なんてまだマシだった…そう思う日が、まさかその翌日にやって来るとは思わなかった。

その日は平助と一緒になり、された話はまたも土方さん。

しかも内容がまた変で、誠屋にやって来た土方さんが総司を見るなり逃げ出し、しかも総司が土方さんを追いかけて何処かに行ってしまった…と言う。

立場は逆だけどいつものことだ、なんて簡単に片付けて今手に持っているフォークを口元に持っていく平助は、事の重大さがわかっていない。

「よりにもよって、総司かよ…」

彼奴には、俺と同じ臭いは前から感じていた。

しかも奴の気持ちは俺のそれよりねちっこく、多分相当執念深い。

土方さんが好きな相手が近藤さんである限りはあまり大きく動くとは思わないが、それでも若いだけあっていつ何をするかはわからない。

そしてそれが、平助が言っていたその日だったかもしれないのだ。

「…って、そうは言っても土方さんは別に俺なんかの助けなんていらねぇだろうけどな…」

言ってみて、沈む。

自虐とは、まさにこのことかもしれない。

「左之さん?さっきから何ぶつぶつ言ってんだ?」

挙げ句、平助にも怪しまれてしまう始末。

気がついた時には、自分でも驚くくらいの大きい溜め息を零していた。



そんな、頃合いだった。



ブーッと携帯のマナーが振動で着信を知らせ、開いてみれば画面には『土方歳三』の四文字。

これにはもっと吃驚して、慌てて通話ボタンを押して耳に宛てれば、世にも珍しい土方さんの情けない声が届いた。

『…左之、ど…どうしよう…』

「どうした、土方さん!」

『た、助けてくれ…』

「え!?土方さん!?」

『………』

そして切られてしまった、電話。

呆然と携帯を見つめながら、頭のなかではさっきの平助との会話とその後の自分の考えがリフレインする。

「………」

「左之さん?土方さんがどうかしたのか?」

「…悪い、平助。ちょっと出かけてくる」

「え!?」

急いで荷物を纏めて立ち上がり、店から飛び出す。

そう言えば伝票を確認してなかったが、まぁ今日は奢るとも約束していなかったし、今度自分の分を払ってやればいいか。

そんなことより、今は土方さんだ。

足は自然に、土方さんの住む家に向かっていた。



―――

またも平助が。


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