喫茶・誠屋にてK

目の前でニコニコしながら頬杖をついている顔を見て、思わず溜め息が零れる。

「…はぁ…」

はっきり言って、気持ち悪い。

…なんて、どんなことがあっても口には出せないけど。

やっぱり『奢ってあげる』なんて言葉を信じてのこのこ付いてきたのは間違いないだったんじゃないかと、今更ながらに後悔する。

そもそも目の前の悪魔…もとい総司が、何の考えもなしに誰かに奢るなんてあり得ないに等しい。

それをわかっていながら、俺はまんまと罠に嵌まってしまった訳だ。

せめて誰か道ずれを…と、さっき密かにはじめ君にも連絡を入れてみたのだが、忙しいと一言で切り捨てられた。

助けてヤバイ殺される…云々と未練がましく打ち込んでみたものの、それに対する返事はもちろん無かった。

諦めて二人だけで誠屋にやってきたものの、僅かに残っていた誰かいるかもなんていう淡い希望も脆くも打ち砕かれ、こうして対面しながら飯を食う羽目になっている。

「…はぁ」

「どうしたの?そんなに溜め息ばっかり吐いて」

「えー、いや別にー」

せめてもの救いは、カウンター内で何やら作業している近藤さんがいることくらいだ。

ちなみに龍之介は、いつもの買い出しに行かされているようで今日はまだ姿を見ていない。

とにかく、このまま訳もわからず飯だけ食わされても落ち着かないので、直接訊いてみることにした。

「…で、何企んでんだよ?」

「何が?」

「お前が他人に奢るなんて、何か企んでる以外他にないだろ」

「えー、ひっどいなぁ。僕そんなに薄情者に見える?」

「見える見える。てかむしろそれ以外に見えない」

「…むぅ」

唇を尖らすという、如何にも子供らしい仕草を大の大人がやってのける様は、子供だから可愛いのであって総司がやっても決して可愛くない。

それより寧ろ、胡散臭い。

「…ま、確かに何もない訳ではないんだけどね。でも心配しないで、君には迷惑かけないから」

晴れやかに言ってのける顔を、アホみたいにジッと見つめて数十秒。

金縛りみたいなそれを解いたのは、店内に響く軽やかな鐘の音だった。

「…あ」

「あ…」

龍之介が帰ってきたのかと思い入り口を見れば、俺たちを見て嫌そうに顔を歪めた土方さんがそこにいた。

何でそんな顔をするのかと首を傾げながら総司を見れば、これまた嬉しそうに怖い笑顔を貼りつけて土方さんを見つめている。

二人が挙げた声は皮肉にも全く同じ音だったが、次に起こした行動は同時でも全く違うものだった。

「…と、トシ…?」

ガチャンと派手な音を立てて扉は閉まり、店に入ることもなかった土方さんの姿は見えず。

席を立って足早にその扉に向かう総司の後ろ姿を唖然としたまま、俺は見つめていた。

「…近藤さん、悪いんですけど今日はツケでお願いします」

「え、あ…総司!?」

「ちょ…総司!」

あれ、今日は奢りだなんて言ってここに連れてきたのは何処の誰でしたっけ。

そんなことを頭の片隅に抑えながら、二人の只ならぬ様子に口を開けずに終わる。

「えーっと…」

どうしたらいいかわからず途方に暮れて、助けを求めて近藤さんの方を見る。

とは言え近藤さんだって俺と同じ心境だったのか、呆然と扉を見つめていた。

「こ、近藤さん…」

「…う、うむ…」

こう言うの、何て言ったっけ。

茅の外。

「…いや、置いてけぼり…?」



その日、二人が店に戻ってくることはなかった。





そしてその代わり、違う二人が姿を現した。

「ただいま」

「お、井吹君。お帰り…と、斎藤くんも一緒だったか」

「え…はじめ君」

来客を知らすベルに近藤さんが声を上げ、さらに誰かを教えてくれる。

龍之介は予想していたけど、まさかはじめ君の名前が出るとは思わずに勢いよく顔を上げた。

「そこで会ったんだ。平助に呼ばれたから、って」

「そうかそうか」

来訪を嬉しそうに迎える近藤さんとは裏腹に、はじめ君は乏しい表情の中に僅かな苛立ちを見せていた。

そんなに忙しい中呼んだのが悪かったのか。

て言うか、確かに呼んだけど断られてそれで終わりだと思っていた。

「はじめ君、まさか来てくれるとは思わなかったよ。…もう遅いけど」

「ま、まぁ…そうだな」

歯切れ悪い返答から、いつも真っ直ぐに怒りや意見をぶつけてくるはじめ君らしさが感じられない。

どうやら、俺が考えていた理由ではないみたいだった。

「…総司は?」

「あぁ、彼奴なら土方さん追いかけて出ていった」

「…え」

はじめ君の問いに答えた俺に返事を寄越したのは、はじめ君じゃなく龍之介だった。

見れば驚いたように作業を止め、固まっている。

そしてふとはじめ君に視線を移せば、何故かそんな龍之介を見て痛そうに顔を歪めている…ように見えた。

「…だ、大丈夫かな、土方さん…」

「ん?トシがどうかしたのか?」

「え?あ、あぁ…いやまぁ」

「まぁ、確かに変だったけどさ」

「…しょうがない、今更だし…」

諦めたように作業を再開し出した龍之介は、それきり何も言わなかった。

そしてはじめ君も、いつも以上に寡黙なまま近藤さんの手料理を食べていた。



結局、はじめ君が何しに来たのか。

総司は何がしたかったのか。

そして土方さんは何故逃げたのか、分からずじまいだった。



―――

私は私自身が分からずじまい。


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