喫茶・誠屋にてJ

おかしい、とちょっと思った。

最近とんと、あの人と会わない。

今まであの人と顔を合わせるのは、決まって誠屋だけだった。

職場も違うし元々近藤さんの縁で出逢った訳で、初対面の場所も誠屋だった。

だから例えばあの人の方が仕事で忙しかったりして店に顔を出さなかったら、会えないのはわかる。

でも今回はそうじゃない。

「ねぇ、近藤さん。土方さん、また仕事忙しいんですかね?」

「いや、そうでもないみたいだぞ。昨日も来ていたし」

「…ふーん…」

要は僕が来ない日を狙って、ここに来ている訳だ。

そして言い換えれば、僕が来ている日は来ないようにしている。

しかしそんな器用に、上手くいくだろうか。

例えば協力者がいなければ、成し得ないようなことだと思う。

だとしたら、近藤さんか。

でもそれは違う気がする。

陰で土方さんに頼まれていて、こうして僕に訊ねられて平静に答えられるなら、それは近藤さんじゃない。

それにきっと、土方さんはそんなことを近藤さんに頼む筈がない。

だってもし僕だったら、近藤さんには絶対に頼めないもの。

だったら…と視線を、テーブルを拭くアルバイトに移す。

いつの間にそんなに仲良くなったのか、これは訊いてみた方がいいかな…そう思った。





「ねぇ、井吹君」

近藤さんがいなくなった隙を狙って、近藤さんの時とは違う声で訊ねる。

案の定、彼は面白いくらいに肩を跳ねらせた。

「…な、何だ…?」

「…君、土方さんと随分仲良いみたいだね」

「な…んの、ことだ…?」

どうやら彼は、近藤さん並みに分かりやすい性格のようだった。

だって明らかに、奥にいる近藤さんに助けを求めてる。

そういう視線に笑いを噛み殺しながら、土方さんも案外人を見る目がないと思った。

「…君が、土方さんに何を言われたのかは大体想像付いてるよ。あの人は…僕を遠ざけようとしてる」

「………」

「僕は、土方さんが好き。本人にもちゃんと言った」

「…で、脅したんだろ」

「…脅す?」

「諦めないって、覚悟しろって。ビビらせて何が楽しいんだよ」

きっと大した情報も貰わずにただ凄まれて協力していたんだと思っていたけど、どうやら違ったらしい。

あの人は、ちゃっかり全部話してたのか。

「楽しくなんかないよ…。それに、ビビらせたつもりもない。ただ、僕は僕なりの覚悟があるって伝えたかっただけ」

「…俺は、約束したからにはあの人の味方だ」

「……そう」

近藤さんの慈悲で拾われた、汚くて大して役に立たない野良犬の癖に。

意外にも律儀な彼に、理不尽な怒りが湧かないわけもない。

けれど彼をこっちに付けた所で、何か良い方向に進展するとはとても思えなかった。

「まぁ、そっちがその気なら、僕にも考えがあるけどね」

ニヤリと意味深に見えるような笑みを晒し、井吹君の強張った表情を確認して出口に向かう。

「…だ、大丈夫なのか、土方さん…」


扉を閉める瞬間に聴こえてきた呟きにより一層笑みを深くしたのを、残念ながら彼は知らない。





土方さんの退路を塞ぐ為に、近藤さんに協力を仰ぐことは出来ない。

かと言って、それでは今のあの人に一番近しい人というと誰も思い付かないのが現実だった。

左之さんと新八さんや、平助くんとはじめ君みたいに、同じ職場で働いている誰かがいる訳でもなく、近藤さんのとこにだって大抵一人でふらりとやってくることが常だった。

井吹君を味方にしたのは、悔しいが流石…と言ったところだろう。

もし僕だったとしても、同じ答えに行き着いただろうから。

「…こうなったら、居着いてやるしかないかな…」

もしくは、土方さんが現れてからの時間を狙うか。

けれどその場合、他に誰かが一緒だったら派手には動けない。

…まぁどのみち、井吹君はともかく近藤さんの前では何も出来ないんだけど。

「それでも、顔を合わせなきゃ話にもならないしね…」

無理矢理、でも構わない。

それでも出来れば、ちゃんと土方さんを僕に惚れさせてからの方がいい。

だって僕は、あの人の身体じゃなくて心が欲しいんだから。





―――

黒いようで、意外と純情。


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