喫茶・誠屋にてI
相談なんてものを、人生で初めてされた。
しかもそれは、人様の恋路の話。
そしてしてきたのは、そういう話を一番しなさそうな人だった。
「そこでお前に、頼みがある」
「頼みって…」
何でこんな至近距離で話しかけてくるんだ、なんて思う暇もなく、土方さんはやけに真剣な顔でさらに肩に手まで置いてきた。
なんだか厄介なことに巻き込まれる気がする…無性に。
ドキドキしながら待っていると、出てきたのは意外にも簡単な用事だった。
「総司が来たら、俺にメールで報せてくれ」
「…何で」
「そうすりゃ、総司が来てる時に蜂合わさなくて済むだろ」
「あぁ…」
そこまでしなくても、まさか店の中で…近藤さんの前で何か仕出かすとは思えない。
むしろそうやってあんたが意識する方が、彼奴の思う壷なんじゃないか…とは言わないでおく。
俺には関係ない…そう決め込んで、ここは言われる通りにしよう。
それが俺の、これまでの人生で学んだ処世術だった。
「…て言うか、何で俺に言ったんだ?他に沢山いるだろ、ご友人が」
「お前みたいに融通が利く人間が、他に思い付かなかったんだよ」
「あぁそう…」
何か良いようにこき使われる立ち位置になりそうな予感に、ひっそりと溜め息を溢す。
面倒な相手に目をつけられたなぁ、なんて考えてからちょっとして、そう言えば目をつけられたような気がした相手がいたなと思い出す。
初対面から何故か俺にガンをつけて来たかと思えば、話があるとかで呼ばれてしかし何の話題もなし。
よくわからない奴だという第一印象の男、斎藤一。
理解できないという点では、俺も彼奴を気にしていた。
とは言っても、軽く意識の中に留まっている…程度だったが。
結局その日の夜、突然の来訪者であった土方さん以外は客もおらず、その土方さんも用はそれだけとばかりに息巻いて直ぐに帰ってしまった。
その為か近藤さんは早々に店仕舞いを始め、いつもより随分早い夕飯にありつくことが出来た。
二人向かい合わせにテーブル席を使うスタイルは最早定番になり、今日も近藤さんの手料理を頂く。
そしていざ完食…となった頃、何やら改まった様子のその人は徐にポケットに手を突っ込んだかと思ったら、記載のない茶封筒を差し出してきた。
「…井吹君、これ」
「…?何ですか?」
「…今日で、君がここで働くようになって一月だよ。少ないけど、給料だ」
「え…」
世の中では、働けば給料が貰える。
情けないが、今の今まですっかり忘れていた。
だって今までは…。
「も、貰ってもいいのか…?」
こうして穏やかに日々を過ごし、住むところも食べるものも困らないだけでなく、まさかちゃんと給料まで貰えるなんて。
感動して涙が出そうだ。
「何を言う。君はよくやってくれているよ。それに見合った分を貰う権利を、君は持ってるんだから」
「あ…ありがとう、ございます…」
嬉しいなんてもんじゃない。
ここまで褒めちぎられる程のことをした覚えなんてないし、きっと俺が受け取り易いように言葉を選んでくれているに違いない。
それでもそんな近藤さんの言葉に、俺は救われた。
受け取った封筒を手に収めた瞬間、身体が震える。
「い、井吹君…!どうした、何で泣いて…!?」
堪えきれずに涙は流れてしまったらしい。
ちょっと笑いながら袖で必死に目を擦りながら、何でもないと必死に言い募る。
本当に、この人はお人好しだ。
けれどだからこそ、この人が好かれる理由がわかる。
この人だけは、守りたい。
この人にだけは、迷惑を掛けたくない。
そう思った俺は、安穏な毎日を過ごしなから今まで以上にびくびくして日々を生きるんだろう。
いざとなった時、俺はこの人から離れなきゃならない。
―――
近藤さんの人柄には惹き付けられます。
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