喫茶・誠屋にてH

井吹龍之介…と紹介された相手に、何故か俺はずっと頭の中を占拠されている。

初めて逢ったあの日、訳もなく胸が高揚してずっとその姿を見ていたいと思った。

生まれてこの方そんな感情を抱いたことなどなく、どうすればいいのかわからず戸惑う。

あまりにも目で追い過ぎたせいか、相手には不審がられ距離を置かれてしまった。

しかし一人でひっそりと悲しんでいたところ、何を思ったのか近藤さんが話しかけてきて成り行きで井吹と話をすることになった。



とは言え、相手は警戒心を隠そうともせずに微妙な距離感を保ち、俺も口下手な為にろくに会話も出来なかった。

近藤さんに言ったように話をしたいと思ったのは確かで、しかしこのような様では進展など夢物語だ。

やはり俺一人では打開策など思いつくことも出来ず、その翌日に試しに平助に相談してみることにした。





「平助、どうやったらお前のようになれる」

「…は?と、突然どうしたの、はじめ君…」

あまりにも唐突過ぎたのか、平助は状況を飲み込めないようだった。

しかしこっちは死活問題を抱えている。

あれから一晩考え、平助のように人見知りせずに誰とでも直ぐに打ち解けられるようになれれば、この不毛な状況も打破できるのでは…という結論に達した。

故にこうして、朝一番に平助の顔を見にデスクに直行したのだ。

「…って、いうか…。顔!はじめ君顔怖いよ!?」

「…む」

どうやら真剣になり過ぎて顔に出ていたらしい。

一度目を閉じ首を振って自身を落ち着かせる。

「…すまない。少し熱くなり過ぎたようだ」

「め、珍しいね…はじめ君にしては」

確かにそうかもしれない。

こんな風に冷静さの欠いた行動を取ってしまうのは、趣味で集めている刀剣に出逢った時くらいだ。

「…とは言え、あれは刀とは違うからな…」

だから困るのか、どう扱えばいいのか。

「よくわからないけどさ…。はじめ君ははじめ君だろ?はじめ君が俺みたいになったら、すっげぇ怖ぇと思うんだけど」

「…そうか?」

「そうだよ。ほら、俺がはじめ君や土方さんみたいになったら怖いだろ?」

俺はともかく、平助が土方さんみたいになったら確かに怖い。

最近知り合ったばかりでよく知らないが、あの人は恐らく根は真面目で厳しそうな人だ。

決して、平助のようなタイプではない。

コクリと頷けば、平助らしい太陽みたいな笑みで先を続けた。

「ならさ、やっぱりはじめ君ははじめ君でいくしかないんじゃねぇの?」

「俺は、俺…か」

ならば俺なりに接するしかないのか…。

しかし俺のままで行けば、恐らく何の進展も無いままのような気がする。

何か良い方法がないものだろうかと考えつつ、結局最後には顔を見に行こうと仕事終わりに誠屋に足を向けていた。





そして今、行かなければ良かったと心底後悔していた。

「…まさか、あの人が男色だったとは…」

見てしまったのだ。

店の前で、井吹に迫る土方さんの姿を。

恐ろしい程の至近距離で、二人は話をしていた。

そんな状況で俺はあろうことか、見てはいけないものを見てしまった気まずさではなく、土方さんに対しての激しい嫉妬と羨望を抱いた。

そして、諦め。

自分が井吹に対して抱いていた感情にも驚き、同時にあんなに綺麗な人に迫られては俺に出る幕などないのだという現実。

仲良くなって、話をして…だのとちまちま考えている時点で、俺に勝ち目などない。

井吹がどう答えたか、二人がその後どうなったかなどわからないまま、知りたくもなくて方向を変える。



それから暫くの間、誠屋には顔を出すことが出来なかった。



―――

はじめ君よ、井吹君は迫られてた訳じゃないよ…決して。


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