喫茶・誠屋にてF

「…はぁ」

隣のデスクから、乙女みたいな湿っぽい溜め息が聴こえてきて思わずギョッとしてしまう。

一体何だと出所に視線を向ければ、遠くを見つめて上の空の親友の姿があった。

「さ、左之…?どうしたんだよ、一体…」

気持ち悪い、とは流石に言えずに控え目に問うてみれば、こちらに目を向けることもなくもう一度溜め息。

「…左之?」

「……ん、…あぁ…」

気の抜けた返事が左之らしくなく、より一層心配になってしまう。

ここ最近、こういったことが日常茶飯事になってきていた。

俺には原因の見当もつかない為、相談に乗ってやりたくても乗ってやれない。

まぁ、元々相談されるようなタイプでもないんだが。

だから結局、いつも最後にはこう言って落ち着く。

「…今日、近藤さんとこ行くか」





誠屋に行ってみると、店主である近藤さん、最近雇ったというアルバイトの龍之介、そして土方さんが先客として来ていた。

「…お、土方さんも来てたんだな」

そう言って隣に座ろうと進めば、左之が足早にそこに座ってしまった。

変だなと思いつつも、別段気にすることでもなかったので俺は左之の隣に座ることにした。

「…土方さん」

「左之…」

俺たちを置いて二人で目で会話をし始める。

左之は向こうを向いているからわからないが、土方さんは眉間に皺を寄せて半ば睨むように左之を見据えていた。

あまりの空気の悪さに、俺はもちろん他の二人も何も言えないでいる。

暫くその状態が続いていたが、やがて観念したように左之が口を開いた。

「…やっぱりさ、そんな簡単に諦められねぇよ。ずっと抱えてきたんだから」

何の話だかわからないものの、何やら大事なことらしいのはわかる。

どうしようか一瞬悩んで、結局黙って成り行きを見守ることにした。

「俺は…」

「やめろ、それ以上言うんじゃねぇ。ここには新八や近藤さんもいるんだぞ」

「俺は知られても構わねぇよ。…でも」

そこから先を、左之は何故か飲み込んでしまった。

その代わり、溜め息を一つ。

「諦めなきゃならないのはわかってる…。もう少し、時間くれよ…」

前髪を掻き上げて手を宛てる姿が、男の俺から見ても色っぽい。

憂いを帯びた、とも言うべきか。

左之の苦しそうな言葉に土方さんは何かを返すこともなく、ただ不機嫌そうな顔をして腕を組んで黙っていた。

耐えきれず、ちらと近藤さんの顔を見る。

かく言うこっちも、困り果てたように苦笑を洩らしていた。

良かった仲間がいて、と心底安堵の息を吐こうとした時、ゴンと鈍い音を立てて目の前に皿が置かれた。

「うおっ…」

「お待ちどーさん」

見れば無表情な龍之介が、傍らに立っている。

「お前、もうちょっと愛想よく出来ないのかよ。て言うか、よくこの空気耐えられんな…」

「…別に。俺には関係ないからな、他人の色事なんて」

龍之介のさっぱりした発言に妙な感心を覚えれば、今度は反対側からガタンと大きな音が起こる。

振り返ってみると、驚いたように左之と土方さんが龍之介を見ている。

「…お前」

「おい、ちょっとこっち来い」

「はぁ?何だよ、離せよ…!」

呆然としている左之を置いて、土方さんが龍之介の腕を引っ張って店の外に出ていく。

何だ何だと頭を働かせているうち、さっきの龍之介の言葉を思い出してその中に引っ掛かりを感じた。

「…色事…?」

「近藤さん!酒無いか、酒!おい、新八。今日は呑むぞ!徹底的に!」

「え?いやいや、今俺は大事なことを考え中でな…」

「考えなくていい!お前は黙って酒呑んでればいいんだよ」

慌てたような左之の横暴は、そそくさと日本酒を持ってきた真面目なこの店の店主のお陰で通じてしまった。



結局この日、流されるまま酒を浴びた俺は見事に酔い潰れてしまい、自分が何に引っ掛かったのか、どういう結論に達しようとしていたのかを翌日には綺麗さっぱり忘れ去ってしまった。

とは言えその日から、左之の溜め息の数は僅かに減った様子を見せたので、とりあえず良かったと安心している。



―――

こっからは他のキャラからの視点も書きます。

手始めに新八。

龍之介、我ながらイイ感じ。


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