喫茶・誠屋にてE

今日は、珍しく見慣れない顔が来店した。

「藤堂君、彼は…?」

「あぁ、斎藤ーって言うんだ。俺たちの職場の同僚で同期なんだ」

「斎藤ーです。以後、お見知りおきを」

丁寧に頭を下げられて、慌てて俺も頭を下げる。

こう言っては何だが、とても藤堂君たちの同期とは思えない落ち着きが彼にはあった。

「こちらこそ、宜しく」

久々に挨拶らしい挨拶を交わし、彼らに料理を振る舞う。

そうこうしている内に、井吹君が買い出しから帰ってきた。

「ただいま…」

「おぉ、お帰り。そうだ、斎藤君にも紹介しなきゃな。ここで働いてくれている、井吹君だ」

「…どうも」

「………」

「え、と…一君?」

軽く会釈した井吹君に対し、きっとまた律儀に頭を下げるんだとばかり思っていた斎藤君は、井吹君を見つめたまま目を見開いて固まっていた。

藤堂君が何度か肩を揺さぶって、はたと動き出した彼はぎこちない様子で頭を垂れる。

「…さ」

「さ…?」

「さ、斎藤…はじめ、です…」

「…ど、どうも…」

俺に対しての態度とは明らかに違う様子に困惑したのは当然井吹君で、返す言葉もそれに引き摺られるようにぎこちなくなった。

何だか妙な雰囲気になってしまったが、相変わらず斎藤君が井吹君を恐いくらいに見つめていて、居心地が悪くなったらしい彼はいつものように裏に隠れてしまった。

しかし斎藤君は、それでも井吹君が消えた先をジッと見つめ続けている。

「は、一君…?どうしたんだよ、一体」

「…いや、何でもない」

「嘘だ!絶対嘘だよ!」

騒ぐ藤堂君を後目にやっと視線を動かした斎藤君は、再び料理に手をつけ始める。

何事もなかったかのような態度に藤堂君もそれ以上は不服そうながらもつつかず、よくわからない状況は一先ず収束したと思って良いようだった。



その日の来客はその二人だけでなく、トシ、総司、永倉君と原田君も顔を出し、珍しく皆が揃う。

斎藤君の紹介は今日来なかった山南君以外は一通り出来、皆に給仕する為に再度現れた井吹君を相変わらず斎藤君は終始目で追っていた。

「…斎藤君、もしかして彼を知っているのか?」

「え…?」

「いや、さっきからずっと彼を見ているだろう。顔見知りなのかと思ってな…」

前にトシが井吹君に色々訊いていたので、結局俺は今まで彼に何も訊かずにいる。

何かあればトシも口を出してくる筈だから、それがないということは…まぁそういうことなのだろう。

とは言っても、単純に井吹君自身に興味があるのもあって、何か情報があるならと様子のおかしい斎藤君に思いきって訊いてみた。

「いえ…そういう訳ではない、のですが…」

歯切れの悪い返事がやっぱり彼の第一印象と裏腹で、何となく退路を塞ぎたくなる。

じっくりと腰を据えて話を聞こうという姿勢を見せれば、彼は観念したようにゆっくりと吐露した。

「…実は…。あの者のことが、気になって…」

「…あぁ」

「その…。出来れば、もっとよく話したいな…と…」

「…ん?」

何だか彼の発言の内容の意味がわからなくなってきた。

その言い方ではまるで…。

「…いえ、何でもありません。ただの気の迷いです、忘れて下さい」

「…君は、井吹君と友人になりたいのか?」

「はい…いや、…え?」

突然振り返り瞬きを忘れたかのように見張った目を見つめ、数秒。

「…そ、そう…ですね…」

「そうか!それは良かった!いやぁ、井吹君はほら、あの通り人見知りをする性格のようでな。出来れば皆とも仲良くして欲しいと思っていたんだ!いや、斎藤君がそう言ってくれるなんてな。そうだ、早速呼んで話をしてやってくれ」

「え…!?あ、いやあの…近藤さ…」

「井吹君!斎藤君が話があるそうだ、おいで!」

斎藤君なら歳も近そうだし、藤堂君や総司よりも思慮深く話を聞いてくれそうな気がする。

そして何より、こうして彼から言ってくれたというのもあって善は急げと井吹君を呼ぶ。

まだ完全にはこの雰囲気に慣れない様子の二人なら、もしかしたら互いに気も合うかもしれない。

しかし呼ばれた井吹君は、片付けがあるからとなかなかこちらに来ようとはしなかった。

「そっちは俺がやっておくよ。ほら」

「え!?い、いや、あの…」

井吹君から皿を奪い、背中を押す。

話ってなんだ…と何やらブツブツ言っていたが、こうなって初めて観念したらしい。

斎藤君の隣に立ったのを見届け、話の如何はまた後にしようと片付けをしながら、騒ぐ皆の姿を笑いながらカウンターから眺めた。



―――

気づいたらキューピッドって立ち位置も流石近藤さん…みたいな。

近藤さんは、輪の中でって言うより外から見守ってるのが楽しいって印象。

とりあえず、これにて前哨戦終了。


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