喫茶・誠屋にてD

紫紺の双眸に射竦められて、井吹君が固まる。

眉間に寄る皺が後々跡を残したら嫌だなぁ、なんて他人事のように考えてから、近藤さんと呼ばれて視線を向けた。

「今更追い出せとは言わねぇが、本当に大丈夫なんだろうな…」

「そりゃもちろん、大丈夫だよ。彼は良い子だ。よく働くし、謙虚だし…」

正直に思っていることを告げれば、井吹君は顔を真っ赤にして買い出しに行ってしまった。

何か怒らせるようなことを口にしてしまったかと首を捻るも、原因は見当たらず。

「まぁ確かに、悪いやつじゃあなさそうだが…」

「そうだろう!良かった、トシも気に入ってくれたんだな!」

親友も呆れたような顔で苦笑を洩らし、やっと眉間からシワを消してくれた。

出ていってしまったものは仕方がないので、とりあえず井吹君のことは待ってみることにする。

親友…土方歳三、トシはあれは照れてるだけだと言って慰めてくれたので、とにかく戻ってきてくれるだろうと思ったのだった。





それにしても、と湯呑みに口を付けながらトシは言う。

「あいつ自身はともかく、ちゃんと事情とか状況とかも確認しておいた方がいいだろ。何か面倒事が起こってからじゃ遅いからな」

「そうか…?」

トシは、珈琲も紅茶もジュースも飲まない。

牛乳くらいは飲むと言うが、基本的には緑茶以外は受け付けないと言う。

だから店にはこうして、トシだけの専用の湯呑みと緑茶を用意してある。

「あんたが訊き辛いってなら俺が訊こうか」

「いや、雇い主は俺だからな。責任も俺が負わないと」

確かに、トシが言うところもわからなくもない。

いままで、人それぞれ事情があるしそれを根掘り葉掘り訊くのは吝かかとも思っていたので避けていたが、いざとなった時に何も知らないというのも問題があるかもしれない。

「今度、ちゃんと訊いてみよう。すまんな、トシ」

「いや…」

いつもこうして、この親友は的確に俺を支えてくれる。

俺とトシは子供の頃からの友人で、謂わば幼馴染みというやつだった。

家族以外であれば誰よりも長く一緒にいる相手であるせいか、互いの長所も短所も補えるようになったし、考えてそうなことも全部筒抜け状態だ。

「そういえば、原田君がトシのことを気にしていたよ。最近は来る度に訊いてくる」

「そうか…。あいつ、まだ諦めてなかったのか…」

「…ん?何かあるのか?」

「いや、こっちの話だよ」

どうやら二人の間で二人にしかわからないことがあったらしい。

深く追及するのも憚られて、敢えてそれ以上は何も言わないでおいた。

そんな微妙な距離感を保つのも、トシと仲良くやっていく為の基本だ。

「そうだ、総司はどうしてる?最近は原田も総司も他のやつも全く顔を合わせてねぇからな…」

最初の総司の様子を訊く部分を消すかのように早口で付け足された理由は、何だかトシらしくもありそうでもない。

「総司は元気にしていたよ、他の皆も」

「…そうか」

とりあえずその辺も合わせておくものの、内心では妙だとも思う。

昔はそんなに相手の動向や状態なんて気にするようなタイプじゃなかったのに、トシももちろん原田君や総司はどこか変わった。

相変わらずなのは、永倉君と藤堂君くらいだろうか。

まぁ、そんな二人もやっぱり色々経験したせいか多少の変化はあったかもしれないが。

そんなことを沸々と考えていた時、丁度来客を知らせる鐘が鳴った。

「…ただいま…」

「お、井吹君。お帰り」

買い物を済ませて帰ってきた井吹君から荷物を受け取り、いつも通りの様子を見せる彼にホッとする。

そんな俺にトシは何を思ったのか、井吹君を呼ぶ。

「おい、井吹」

「…何だ?」

「近藤さんのこと、裏切ったら俺はぜってぇ許さねぇからな」

「な…!?トシ!」

突然の物騒な内容に、慌てて咎める。

しかし井吹君は瞠目した後、今まで俺が見たことがなかった優しい顔で苦笑を洩らした。

「わかってる」

言葉少なに答えた彼はトシと暫し見つめ合い、やがて視線を外してそのまま去っていく。

俺にはこの時、二人がまさに目で会話をしていたように思えた。

「トシ…」

「あいつ、案外信用出来るかもな」

「え…?」

一人満足したように笑うトシの言葉には訳がわからなかったが、どうやら井吹君はトシのお眼鏡には敵ったらしい。

それが何だか嬉しくて、もう何でも良くなってしまった。





とは言えトシはその後、ちゃんと井吹君を質問攻めすることは忘れなかったみたいだが。



―――

後はあの人だよね!


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