喫茶・誠屋にてC
「近藤さーん。…ん?」
俺を呼ぶ声が店の入口の方から聞こえた気がして行ってみれば、これまたうちの店の常連である二人の顔馴染みに挟まれた井吹君の姿がそこにあった。
「…お前、誰?」
「…井吹龍之介」
「名前なんか聞いてないよ、何で君みたいなのがここにいるの?」
「俺は…」
「総司、藤堂君。その子はうちのバイトだよ」
原田君には及ばないが大きい体躯で不機嫌そうな総司…沖田総司と、それとは対照的に小柄なきらきらした目でまさに興味津々といった顔で顔を寄せる藤堂平助君に詰め寄られている井吹君は、俺が姿を見せるとすぐさま奥に引っ込んでしまった。
それを見た総司が、また機嫌を悪化させたようだ。
「バイトなんて必要なんですか?しかもあんな愛想のない子なんて…」
「まぁ…色々あるんだよ。それより、今日はまた珍しい組み合わせだな」
「そこでたまたま会ったんだよ」
ムスッと黙りこんでしまった総司を傍らに、代わって藤堂君が答えてくれる。
二人は年齢も近く、先日来た原田君や他のメンバーとも仲も悪くない。
とは言え、本人たちはこうして二人だけでここに来るほど仲良くはなかったと…思う。
恐らくの原因は、藤堂君はともかく総司の方が随分と人見知りが激しいせいだろう。
「近藤さん、今日は俺たちだけ?」
「あぁそうだよ。…あ、そう言えば後で永倉君が来るって言っていたが…」
明るい調子を崩さずに席に座る藤堂君は、こういうムードを和ませることが出来るのが良いところだ。
いつも笑顔が絶えない彼に、俺も何度も救われている。
「電話でもあったのか?珍しいな…」
「何だか凄く意気揚々としていたよ。テンションが高過ぎて、喋っている言葉の八割はわからなかった」
「八割って!それじゃ殆どわかんないじゃん…」
藤堂君はそう言うが、それでも彼をよく知る者として納得したように一つ頷いた後に溜め息を溢した。
そしてそんな雰囲気の中で料理を振る舞っている間に、少し時間が経ったのか突然大きな音がしたと思ったら、これまた大きな声で永倉君が現れた。
「永倉新八、只今参上!!!」
「五月蝿いんだけど新八さん」
「普通に来れないのかよ…」
「店が壊れる…」
永倉君の叫びに、総司、藤堂君、井吹君がそれぞれに冷めた反応を示し、永倉君は肩を落としてしまった。
「おいおい冷てぇなぁ、お前ら。…お?」
来客に顔を出していた井吹君に永倉君も他の皆と同様に目を止め、後ずさる井吹君にズンズン近づきいつも通り裏に回ろうとした彼の首に手を回して捕らえてしまった。
「おうおう!バイトか?名前はなんてぇんだ?」
「ぐっ…くるしっ…!」
永倉君の鍛えた太い腕の圧迫が凄いのか、答えられるものも答えられずもがく井吹君の様子に慌てて止めに入ると、悪い悪いと笑って解放した。
咳こむ井吹君に水を渡して背を擦ってやりながら、彼が答えられない答えを代わりに教えてやった。
「彼は井吹龍之介君だ。色々あって、ここで住み込みで働いて貰ってるんだ」
「そうか!龍之介、俺は永倉新八ってぇんだ。宜しくな。…あ、そうだ」
先程も堂々と名乗っていたそれを改めて繰り返し自己紹介する辺りが、彼の根の真面目さが出ている。
そして話の切り替えの突如さも。
永倉君は懐をまさぐった後、徐に一万円札を掲げて俺に差し出した。
「競馬で当たったんだよ!近藤さん、ツケ代払いに来たぜ!」
「そうか、それは良かったな」
「新八っつぁん、ツケ代ってそんなもんじゃ済まないだろ。大体、一万円って…もっと稼いだんじゃないのか?」
う、と永倉君から言葉にならない声が上がる。
確かに、藤堂君の言葉は言い出しにくいことではあったがその通りであることは否めない。
どれくらいか細かい数字までは、きちんとつけている訳ではないからわからなかったが。
「しょ、しょうがねぇだろ!残りは昼間に使っちまったよ…」
「…近藤さん。今度からは新八さんにはツケさせない方がいいですよ」
総司の冷たい一言に沈む永倉君にまあまあと場を落ち着かせ、とりあえず無一文のままとはいかないだろうと五千円だけ受けとることにした。
宵越しの銭は持たないという言葉は、今の時代には通じないのだよと話して聞かせることだけはさせて貰うのも忘れずに。
―――
新八っつぁんは、絶対名乗りながら登場すると思う。
あと、電話でテンションが高過ぎて八割聞こえないのは友人にモデルがいます(笑)
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[mokuji]
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