フローライト―第三―

念願だった逢い引きだが、土方さんは上手く約束まで漕ぎ着けることが出来たらしい。

それはまあ、もう止めようとか邪魔しようとか考えるつもりもない。

喜んで要らない報告をしてくれるその姿を見れば、諦めるしかないのだと嫌でも悟る。

むしろ相談相手に選ばれたことを素直に喜んでいた方が俺自身の心身にも良いのでは、と最近では思うようにしている。

とは言え自己防衛の為に割りきった俺の前には、新たな問題が生じていたりもする。

「左之、頼む!」

「…いや、それは無理。絶対無理。何がなんでも無理」

「そこを何とか…」

この人がこんなにしつこく頼み込んでいる姿を見るのは、やはり多摩以来。

いつも女との『事後の』仲介を近藤さんに頼むところを、端から見ていた。

土方さんが頭を下げる相手なんて、親友である近藤さんと師である周斉先生、後はのぶさんを始めとする土方さんの家族ぐらいだろう。

俺は何故かその指折りに入った訳だが、もちろん素直に喜べるはずもない。

「なんであんたらの逢い引きに同伴しなきゃならねぇんだよ!あんたは子どもか!」

「しょうがねぇだろ!一人じゃ心細いんだよ」

心細いなんて今更言いますか、その口で。

そんなこととは無縁の人生を送っているもなんだと、ずっと思ってきた。

「何でお偉いさん方と逢うのはあんだけ堂々と出来んのに、そんなことが心細いんだよ」

「お偉いさんとあいつは違うだろ…」

頬を赤らめて言う姿に、思わず溜め息が零れる。

だから、あいつって誰だよ。

どうしたって自分がその一言を言えないことがわかるだけに、憤りも大きい。

土方さんが後生頼むと手を合わせて頼んできた案件に、後はもう悩むしかない。

「左之、こんなこと頼めんのはお前しかいねぇんだよ」

「つったってなぁ…」

「わかった!じゃあこうしよう。俺の頼みを聞いてくれんなら、俺もお前の頼みを聞いてやるよ。これならどうだ?」

「………」

そんな条件、呑める…に決まっているだろう。

俺が土方さんに頼みたいことなんて山ほどある。

今すぐ好いた相手とやらと訣別して、今度は俺を見てほしい。

そして今までみたいに、ずっと一緒にいてほしい。

接吻も抱擁も、あとはもちろん逢い引きだって叶えたい。

結局、俺が望むことなんて一つだけ。



『俺のものになってくれ』



「…何でもいいのか?」

「あ、離隊の申し入れと給金の前借りは無しだからな」

「…何でもいいんじゃねぇのかよ…」

思い出したように慌てて入れた訂正が、まさかの局中法度で少し笑えた。

相変わらずの新撰組至上は健在で、しかし残念ながら俺の望みはそのどちらでもない。

「それ以外なら何でもいいんだよな。…だったら…」

口にして、珍しく呆けた土方さんの顔を見て満足する。

とは言え結局、俺はこの人を困らせることが出来なかった。





互いの頼みを聞くと言う形で、土方さんの逢い引きに同行してやってきた甘味処。

相手の顔を拝むのも本当なら嫌だったが、よく考えてみれば隊士なら屯所で何度も顔を合わせているだろう。

次に会ったら抹殺してるかもしれないなんて思っていることは決しておくびにも出さず、傍らで相手の登場を待つ土方さんを秘かに見つめて、今日何度目かの溜め息をついた。

「…土方さん、がちがち」

「…え?あ、あぁ…」

緊張して身体を固くして待つ姿を見るのも、残念過ぎるがこれが初めて。

土方さんが見せる俺にとっての初めては、全部この人の想い人によるもの。

情けなくて溜め息以外に吐き出せるものがない。

もう何でもいいから、早くご対面してさっさと俺を解放してくれ。

間もなく約束の刻になるかという頃合い、そんなことを考えていた俺に思わぬところから声がかかった。

「…あ」

入り口から真っ直ぐこちらにやってきた小柄な男。

どっかで見たような記憶のあるその顔に、いよいよお出ましかと唾を飲む。

と同時に、意外にも思う。

もっと大柄で、優しげで懐が大きそうなやつだと勝手に想像していたから。

そう…例えば、近藤さんみたいな。

「土方さん。…こいつが…?」

「どうしたんだ、お前」

俺の問いなど華麗に無視した土方さんは立ち上がり、男に近づく。

よく見ると、その男は少し息が上がっていた。

「土方さん!先程四条で浪士が…」

「何っ!?」

どうやら、その男は伝令役だったらしい。

さっきまで漂っていた、私情特有の和やかな雰囲気が一気に霧散した。

土方さんの顔も、仕事の鬼に戻る。

「出動しているのはどこだ?」

「三番隊です」

「そうか」

名を言わずとも浮かぶ、昔からの仲間の顔。

副長助勤と名のつく役職にいる中でも若年の方の癖にやけに落ち着いた、しかも隊内でも一二を争うほどの剣の使い手。

あいつなら、もう終わらせているかもしれない。

土方さんもそう考えたんだろう、幾分か表情を和らげて男に指示を出していた。

ふと、土方さんの想い人は実はあいつ…斎藤なんじゃないかと考えた。

この人が気を許せる古参の中でも、近藤さんを除けばあいつは土方さんに一番近い位置にいる。

こと仕事に関しては誰よりも信頼され、あいつにしか頼めない任務があるのも知っている。

決して男らしくとは言えないが、誰もが認めるあの強さがあれば土方さんが惹かれるのもわかる。

もしあいつだと言うなら俺の入る余地なんてないだろう…。

そこまで考えて、気づいてしまった。

「…この期に及んで、まだ俺は…」

「…左之?」

副長の時間は終わったのか、またいつもの顔で俺を見てくる土方さんの顔を俺は見返すことが出来ない。

「…悪い。俺やっぱり戻るわ」

もし相手が斎藤だったなら、こんな状況でここに来ることはないだろう。

しかしこれ以上、土方さんの隣で一緒に待ってやることなんて出来なかった。

「…ごめんな」

醜く歪んだ顔を、見られないようにするのが精一杯だった。



―――

平和的解決の予定が…


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